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第2話 「初めての訓練」の前日

「──というわけで、急を要するものだから、悪いけど明日、西の魔法使いたちと一緒に初仕事に行ってもらうことになった。詳しいことは明朝にみんなが集まってからクックロビンが話してもらおう。……ああでも、舞踏会に行ってもらうことになるみたいだから、心の準備をしておいてね」

 フィガロからそう言われた南の魔法使い達の反応は様々だった。
 ミチルはやっと本格的に人の役に立てることに喜び「わあっ!」と歓声を上げ、ルチルは「がんばらなくちゃね」と頷いた。その様子を見てレノックスは口の端をあげる。一方、フルールは視線を彷徨わせて唇に指を当てた。「大丈夫、西の魔法使いたちは実力者揃いだし、フィガロ先生もついてるから」とフィガロが目を細めるが、フルールは顔を曇らせたままだ。

「私もお役に立てればいいなと思うんですが、舞踏会ということは……やんごとない方たちがいらっしゃるのでしょう? 賢者の魔法使いでない私も行ってもいいでしょうか? 誰が行くか照会するとか、人数が決められている……とかはありますか?」
「大丈夫だよ。……いや、うーん、そうだな、もしかしたらそういうのもあるかもしれないけど、フルールも一緒に行ってもらった方が助かるし、それを前提にクックロビンとも話したから、あとは彼がどうにかしてくれるさ」
「よかった! フィガロ先生、ありがとうございます! 後でクックロビンさんにもお礼を言いますね」

 フルールはようやく顔を緩めて、「よかったあ」とルチルと手を取り合って喜んだ。

「舞踏会かあ」
「舞踏会ね」
「姉様は行ったことはありますか?」
「私もないの! 緊張しちゃうわ。しゃんとしなくちゃ」
「立ち居振る舞いとか!」
「身嗜みとかもですね……!」

 あれこれ言い合っていたフローレス家の三人は、一様に首を傾げた。

「舞踏会の身嗜み……」
「ドレスコード……?」

 フィガロはそんな若い魔法使いたちの様子を見て苦笑いした。

「パレードの時にクロエが作ってくれた衣装を着ていけばいいんじゃないかな。あれなら問題ないと思うよ」
「ああ、そうですね! パレードの衣装、本当に素敵でしたから」
「私は実家を見てみようかしら。母の物で使えるものがあるはずだわ」
「そうだね。彼女は結構そういう場にも行っていたから。──と、噂をすればかな?」

 フィガロが部屋の外に目を向けるのに合わせて視線を動かすと、確かに外から足音が聞こえてきた。
 一目散にこちらに近付いてきて、あっという間にバタバタとクロエが部屋に入ってくる。息を切らせていて、うっすらと汗をかいていた。
「大変大変!」
「どうしたの、クロエ! お水飲む?」
「飲む! ありがとう!」
 ミチルが注いでルチルが差し出した水を一気に煽ると、その勢いのままクロエは机に手を置き、フルールに詰め寄った。

「フルール! 採寸させて!」

 何事かと構えていた南の魔法使いたちは、予想していなかった申し出に目をぱちくりとさせた。

「あああ、えっと、依頼があって舞踏会に行くことは聞いた? 明日なんだって! 大変だけど、楽しみだよね! それで、みんなの衣装を作ってほしいって頼まれたんだ! 他の人たちはパレードの時に作らせてもらって、調整もさせてもらったからサイズはバッチリ記録できてるんだけど、フルールはまだだから、採寸させてもらいたいんだ!」

 早口で捲し立てるクロエに、もう一回瞬きをしてからフルールは口を開いた。

「私は採寸してもらって全然構わないんだけど、クロエはみんなの分を作らなきゃいけないんでしょう? そんな最初の最初から始めるのは大変じゃないかしら。たぶん母が昔着ていたドレスがあるから、それをちょっとどうにかすれば着られると思うの」

 しかしクロエは頬を紅潮させて首を横に振った。

「大丈夫! むしろ作らせてほしいんだ! こんな機会なかなかないもの!」
 その力強い答えを聞いて、フルールはうふふと笑った。
「なら、ぜひお願いします。クロエの服を着られるの、とっても楽しみだわ!」
「ありがとう! 早速お願いしても大丈夫?」
「いいですか、フィガロ先生」
 フィガロの方を向いて確認を取ると、フィガロは頷いて「話すことは話したし、大丈夫だよ。行っておいで」と笑った。

 フルールがルチルの方にも声をかけようとしたら、ルチルはフルールの肩口に腕を乗せて、口元を綻ばせて後ろから顔を覗かせた。

「私もお手伝いしてもいい?」

 そう言うルチルにクロエは一瞬動きを止めて、それから「ああ!」と手を打つ。既婚者のフルールをひとりで採寸に誘うのは、ルチルには不愉快だったかもしれないと思い至った。焦って両手を振る。
「何も考えてなかった、ごめん! 俺は大丈夫! フルールはいい?」
「ごめんね、クロエ。クロエが悪いとかじゃなくて、このひと単純にお手伝いしたいだけよ。私も大丈夫」
「ありがとう! ごめんね、ちょっと楽しそうだなって思って!」
 ルチルは無邪気に笑った。
 その顔に何の影もなくて、クロエはほっと息を吐いた。フルールの言葉は確かに真実らしい。

 ルチルがフルールの手を握って、フルールが自然に握り返す。

 そんな様子を見ると、彼らは一緒にいるのが当たり前で、ふたりの間では嫉妬だとか、不安だとか、心がハラハラすることはないのかもしれないとクロエは思った。

「すごいなあ……」

 クロエと同い年なのに、ルチルとフルールのことがとても大人っぽく見えた。

 結婚って不思議だ。

 自分の師匠のことを思う。花嫁のことを忘れてしまっていても、一途に思い続けて、探し求めることをやめようとはしない。何の衒いもなく、疑問も抱かず、信頼をもって「素晴らしい人だ」と言い切る。

 クロエには全然分からないけれど、魔法使いが結婚するということは、そういうことなのかもしれない。

 自分にもいつか、分かる時がくるのだろうか。

 クロエには、本当に想像がつかなかった。