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第4話 仮面舞踏会

 賢者の魔法使いとしての仕事の始まりはシャイロックとフィガロの意見の相違のため、決して「良い雰囲気」とは言えなかった。
 フルールにはどちらの言い分も納得がいったし、両方とも大切なことだと感じられた。正しいとか間違っているとかそういう話ではなくて、ふたりとも色々なものを尊重していて、より良い未来を考えている。
 だからと言って何も選ばないということはできなくて、今回はシャイロックが苦々しい声を出して顔を歪めながらも譲ってくれた。魔法を多用することが少なく、魔力が弱い南の魔法使いが突然命に関わることをするにはリスクが高いし、賢者の魔法使いの今後の活動のためにも納得はできる判断だ。それに、正式な任務ではなく訓練という形であっても、厄災の異変に苦しむ人々を助けることに変わりはない。
 それでも、フィガロの物言いは良いものではなかったし、シャイロックの心を置き去りにしたままでいることは誰も望んではいなかった。

 そのため、晶に促されたクロエが「自分たちにとっていい夜にできればシャイロックも喜んでくれるのではないだろうか」という思いを口にしてくれた時、みんなの顔が綻んだ。そうやって心に寄り添うこともできるんだと、新しい道が開けた思いがした。
「みんなで頑張ろー!」
「はい、頑張りましょう!」
「ええ!」
 周りの邪魔にならないようにそっとハイタッチをしてお互いを鼓舞し合う。顔を寄せ合って、みんなで相談を始めた。

 シャイロックとフィガロは今回は基本的に参加しない。そのため、人数が少ない上、実践に乏しい若い魔法使いたちがメインで動くしかない。だから、それぞれの得意なものを活かすことにした。ちょうど西の魔法使いたちは各国の得意魔法の授業をしたばかりだ。西の魔法使いは変化の魔法に慣れ親しんでいるし、人をよく観察するのも得意で、一方、南の魔法使いは祝福の魔法が得意だ。改めてそれを確認して、どうしたらいいかをみんなで考えていく。和気藹々とした雰囲気だったので誰も遠慮せずに話し合うことができて、南の魔法使いたちが城の各地で祝福の魔法をかけて仮面を舞踏会の会場に追いやり、西の魔法使いたちが会場で仮面を探し出すという作戦に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。

 その案でまとまりそうだった時にムルがラスティカの背中にくっつきながら明るく口を開いた。

「フルールは会場で歌ったらいいんじゃない? 踊るのを怖がる人たち、歌に聞き惚れる人たち──その中で違う動きをする存在はとても目立つ!」
「まあ! いい考えですね!」
 ルチルは手を叩いて喜んだが、クロエは不安げにフルールの顔を覗き込んだ。
「でも、フルールって……あんまりかしこまった場所に行く機会がないんだったよね。それなのに、こんなに大勢の前だし……大丈夫?」
 レノックスも心配そうにフルールに視線を向ける。
「別に人目を引くのが必須だということでもないしな」
「もし必要そうならラスティカにチェンバロを演奏してもらうのもできるし!」
 しかし、フルールは首を振って朗らかに笑った。
「大丈夫です。緊張しないと言ったら嘘になるけれど、でも、どんな場所でだって、どんな人の前でだって、精一杯心を捧げて歌うことは吟遊詩人として当たり前のことです」

 歴史に思いを馳せる式典や、お喋りが楽しいお酒の席。人を褒め称える祝いのパーティーに、思い出を辿る場所。歌が中心となる必要がない場面はたくさんある。でも、歌を届ける当人である吟遊詩人はいつだって持てるもの全てを使い、力を尽くして歌を届ける。それが当然のことだ。

「それに、会場で何が起きるか分からないでしょう? 人数としても、実力としても、ラスティカさんが動けなくなるのは悪手ではないですか? 私が会場で補助に回る方が良いと思います」
 ラスティカも頷いて華やかに両手を広げた。
「大丈夫だよクロエ。音楽は僕らの支えになってくれる。フルールにも僕らにも、そしてお客さんたちにも力をくれるはずだよ。きっと、いい思い出を作れる」
「ええ、そうなれるように頑張りますね!」

 早速フルールは城主にも話を通し、作戦の内容と、フルールが歌うものについて許可を取りに行った。
 <大いなる厄災>の被害によって人々は不安に包まれている。だから未来に希望を持てるようになるといい。少しでも明るい気持ちになれればいい。そして、少しでも賢者の魔法使いの助けになれると、さらにいい。
 <大いなる厄災>直後に中央の都であった出来事で──ニコラスのことは口外しないときつく言い含められていたが──賢者の魔法使いたちは大いに解決のために貢献をした。中央の国の人々も歩み寄ってくれて、特にドラモンドやクックロビン、カナリアはそれぞれにできることを探し、進んで実行してくれた。
 信条や立場がそれぞれ違っていても、人間と魔法使いは協力することができて、世界をより良くするために手を取り合っていける。途方もない願望だが、その一歩としてこの出来事を伝えたい。そして、厄災による異変は賢者の魔法使いに相談すればいいんだと思ってもらい、少しでも依頼をする上での心の妨げや躊躇を軽くすることができればいい。きっと世界各地に異変がたくさん起こっている。ただ魔法使いに頼むのが嫌だからとそれをおさめられないなんて、誰にとっても良くない。しかし、だからといって魔法使いだから便利に使おうと思われても困る。人の受け取り方は様々だから、その塩梅を見極めるのは難しい。でも、いつか歌いたいと思って忙しい中でもずっと試行錯誤してきた。そのお披露目の時機は、きっと今だ。

 城主は快く全ての提案を受け入れてくれた。塞ぎがちになってしまったと聞いていた城主の奥方も、歌を聞けるのは楽しみだと顔を明るくした。それだけでもフルールは心があたたかくなって背中を押してもらった気分だった。

 舞踏会の会場の一番目立つところで城主から紹介を受け、フルールは優雅に礼をした。隅々まで会場を見渡す。
 踊ることもなくお喋りに興じていた人々は新しい刺激に拍手をもってその期待を表した。
 それが収まり、静けさが場を支配する。
 たくさんの眼がじっとこちらを向いていた。

 ──緊張しないと言ったら嘘になる。

 本当はいつだって恐怖がすぐ後ろから覗いていた。
 芸術の鑑賞はいつだって「いま」「ここに」存在するものが全てだ。同じ歌だとしても、場所の違いに吟遊詩人の細やかなコンディションの違い、場合によっては変えられるアレンジ、鑑賞者自身の心の在り方など、その時々によってたくさん違うものがある。この時、この場の鑑賞は今しかない。

 特に一番初めのものは後の印象にも引きずりやすい。賢者の魔法使いと人間たちの歌をうたう責任は重大だ。

 でも、いつだって、全力をもって、心を尽くして歌を届ける。

 皮膚が泡立つ。会場のライトが眩しく輝く。心が震えた。

 ──歌が好きで、愛しくて愛しくて、たまらなくて、どうやっても逃げられなくて、離れられなくて、歌を自分の人生と定めた。歌わずにはいられない。そしてその楽しさを、美しさを、素晴らしさを、愛をもって伝え繋いでいく。
 いつだって、そうだ。変わりゆく世界の中で、自分の決意だって少しずつ移り変わっていくけれど、「歌いたい」と宣言したあの瞬間が、確かに心の根底に存在する。

 フルールはいつも通りに竪琴を構えて、息をゆっくり吸って吐いた。
 身体の奥に柔らかな空気が落ちていく。
 手先、足先まで、あたたかさを循環させる。
 祈りを捧げるように、一度目を瞑った。
 心の中で拍をとり、腕を構える。

 弦を爪弾いて先んじて旋律を生む。

 そこに声を響かせて、歌の世界の入り口を開いた。

「月のかんばせのもと、黙した星よ、我らの歩む道を見守りください──」

 声はよく響く。手は滑らかに動く。目は周りを広くとらえている。大丈夫だ。
 歌うことに力を注ぎながらも、フルールは自らの役目は忘れていなかった。会場の様子をつぶさに観察する。

 晶とクロエが一緒にいる。ムルとラスティカはそれぞれ離れたところにいる。シャイロックに手招きをされたムルが何事か話すと、突然ムルは女性の姿に変化してクロエたちの所に近寄っていった。その異様さにクロエは厳しい目を向け、晶は肩を震わせる。クロエが呪文を唱えるとムルは猫に姿を変えて晶の肩に身を寄せた。そのままムルの姿に戻って楽しそうに笑う。
 確かに歌って人々の目を引くのは有効なようだ。そんな状況でも少しも騒ぎにならない。ムルが魔法で周囲から自分の存在を隠しているのかもしれないけれども、それでも少しでも役に立てている実感を得て、フルールの胸に安心感が広がった。肩の力が抜けて、さらに柔らかく動かすことができる。

 観客たちは静かにこちらを見ている。口元に手を当てている人もいれば、音の調子に合わせて頷きながら聞いている人もいる。隣の人の腕にゆるく抱きついている人も、肩を寄せ合って陶酔している人もいる。

 視界が高くなったムルが辺りを見回していると、ラスティカが彼らが集まっている場所に真っ直ぐに近寄ってきた。でも、フルールは別のところにもラスティカがいるのを視認していた。そちらに目をやると、別の方にいたラスティカがフルールに目配せをしてクロエと晶の元に進んでいく。離れていた方が本物のようだ。
 すぐそばにいる相手に化けるなんて、思っていたよりも仮面はおっちょこちょいなのだろうか。もしくは、魔法使いたちのことを侮っているか、それとも実は捕まえてほしいのかもしれない。元々は西の国のものであるし、そういう駆け引きを好んでいてもおかしくはない。

 だからと言って油断してはならないということは理解していた。歌は紡ぎ続けるけれども、仮面が存在するそこから目を離すことはしない。
 万が一に備えて、まだ自分しか知らない曲のテンポと歌詞をさりげなく調整し、いつでも止められるようにする。形だけをなぞらないように、身体と心と、フルールの世界を全部、歌と一体にしながら。それでも大丈夫、歌は味方だ。

 幸いにもクロエと晶は何かの違和感に気付いているようだったし、ムルもその目を鋭く光らせている。本物のラスティカもすぐそばにいる。
 クロエが呪文を唱えると仮面の穏やかな雰囲気が一変し、クロエの腕を掴んだ。それを、本物のラスティカが妨害する。

 ここだと思った。
 歌を区切り、終わらせるのにいいタイミングはここだ。
 これは、もう二度と出さない、今夜だけの特別な歌になる。
 「自分たちにとっていい夜になればいい」と言ったクロエの顔を思い出す。
 いい夜にするよう、これが自分にできることだ。

「──そして、賢者の魔法使いたちは、世界を繋いでいくため──」

 ラスティカの魔法によって偽物の身体が消え、仮面が眩しく光る。周囲の人々が驚きの声をあげた。

 祝福を。愛を。きらめきを。希望を。未来を。

 生きることの、素晴らしさを。

 世界を繋いでいくため。

「──いまも、そこに!」

 フルールは爪弾いていた手を伸ばして、クロエの方を指し示した。フルールに注目していた人たちもその先を追って振り向く。

 たくさんの人の注目を浴びながら、残された仮面をクロエが高く掲げる。その笑顔はとても晴れ晴れとしていて、見ているだけで嬉しさが伝播していくようだった。

「……っ、捕まえた! ラスティカ、賢者様、捕まえたよ!」

 南の魔法使いたちも会場に集まり、晶と賢者の魔法使いたち全員が人々から喝采を浴びた。シャイロックもフィガロも先の諍いなどなかったような顔で拍手をしている。
 賢者の魔法使いたちも、人間たちも、みんな嬉しそうだった。

 フルールは恭しく礼をした。誰も見ていなくてもしっかりと頭を下げる。そしてゆっくりと顔をあげると、近くにいた城主の奥方が緊張から解き放たれた安堵からか身体を震わせているのが目に留まった。そっと近寄ってフルールは「もう、心配はございませんよ」と柔らかく声をかけた。城主が何度も頷き、夫人の肩を抱いてそっとさすった。彼女も応えるように頷いて、美しい笑みで返した。

 いい悪いなんてなかなか決めることができないことが多いが、きっとこの夜は、たくさんの人にとっていい夜だった。