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第8話 パーティの次の日

 フルールは早朝に目を覚ました。
 キッチンに行き、自分で買ってきた材料で朝食を作る。元々魔法舎に備蓄されている材料もあったが、ひとりだと気後れしてしまって自分で買ってきたもので済ませようと思った。とはいっても、魔法舎に人がいないため、保管しているものを念のために確認して、悪くなってしまいそうなものはさっさと食べてしまうことにした。

 今まで一人分だけの料理を作ることはほぼなかったし、この野菜はちょっと危なそうかななんて考えながら朝食を作っていたら随分たくさんの量ができてしまった。
 いつもは作りすぎても食べ盛りのルチルとミチルがいるのでなんということはないが、今はふたりがいつ帰ってくるかは分からない。少しアレンジをして昼食にも活用しようか。

 そう悩んでいると、頭の中にルチルの声がした。いつもの、不思議な以心伝心だ。昨日の夜にパーティが開催されていたのだからてっきり遅くに起きるのかと思っていたが、予想とは違っていたようだ。

 ──フルール、起きてる……?
 ──ルチル、おはよう。起きてるよ。
 ──おはよう! ふふ、やった! 今日のご予定は?

 そんなふうにおどけて聞いてきたルチルは、フルールが良ければ一緒に中央の街を見て回らないかと提案をした。

 フルールは、万が一なにか問題があった際に自分も対応できるようにしばらく何も予定を入れておらず、今日何をするかも決めかねていた。だから、ルチルの誘いは嬉しくて、心躍るものだった。すぐに快諾をして、待ち合わせなどを決める。
 普段、ルチルと一緒に他国を見て回ることは滅多にない。こんな時ではあるし、まだ厄災の被害が大きいところもある。それでも仕事で訪れた時に「ここにルチルも一緒にいたら」と思っていた場所に共に立てることは願ってもない好機だった。

 ルチルと話しながら目の前のテーブルを見て、市場に行くのなら余った朝食は夕食にしようかしらとフルールは思った。それなら疲れて帰ってきてもすぐ食べられる。もしかしたら、このために多く作ってしまったのかもしれないなんて戯言が頭をよぎって笑みをこぼした。

 南の国と違って中央の国の中心街ともなると人がたくさんいて、待ち合わせの時間と場所を決めただけでは落ち合うのも難しかった。そのために、中央の街に着いてからもルチルと細かく連絡を取り合いながら合流しに向かう。

 人混みの向こう側にルチルと、その傍にいるミチルが見えて、フルールはようやくほっと息を吐いた。
 その瞬間にルチルもこちらを向く。
 人にぶつからないように注意をしながら手を振ったら、ルチルも大きく手を振った。

「ルチル、ミチル! お待たせしました」
「姉様、おはようございます!」
「フルール、おはよう! 良かった、ちゃんと会えて。人がいっぱいいてどうしようかと思った」
「本当に! 姉様のこと、見つけられないかと思っちゃいました。兄様、どうしてあんなに早く見つけられたんですか?」

 ルチルとフルールは視線を交わした。理由といえば、細かにここにいるとふたりで話していただけだ。でも、たいそうな理由はないけれども、なんとなく、心の中でふたりで会話をできることはミチルにさえ言っていなかった。仲間外れにする気はないけれども、でも広く知らしめるものでもない気がしたし、ふたりの秘密にしていたい気持ちもあった。

 だから、ルチルは人差し指を口元に当てていたずらっぽく笑った。

「──内緒!」

 「もう!」と拗ね出すミチルを宥めながら三人は中央の街を歩いた。

 フルールがあそこの広場で歌ったことがあるとか、あっちの店は有名だとか、色々と話すとすぐにミチルもルチルも目を輝かせた。それを見てフルールも浮き足立った。

 しばらく歩いていると、ルチルが声を上げて立ち止まった。その視線の先には赤い髪の長身の男性がいた。フルールも口をぽかんを開けた。

 もしかしたらもう二度と会わない人かもしれないと思っていた人との、予想外の邂逅だった。

「フルール、あの方も賢者の魔法使いで、北の国のミスラさんって言うんだ」
「チレッタ様のお友達の方よね?」
「……フルールもそう思う?」
「うん、うん。私、記憶力に自信はあるの。知っているでしょう?」
「そうだね。ミスラおじさんは覚えているかなあ」
「強い魔法使いの方が約束を忘れてしまうっていうのは考えにくいとは思うけれど……」
 でもフルールには断言できなかった。「まあ、いいですよ」の一言でフルールを守ることも約束してしまったくらいだ。確かに何かを考えていたようだが、その内容までは幼いフルールには理解しきれなかったし、今思い返してもやっぱり微妙だ。

「聞いてみよう!」

 思い切りよくそう言ってルチルはミスラに話しかけた。
 いつかと同じようにフルールはルチルの腕を抱きかかえた。
 自己紹介をしても、約束をしてくれた時のことをルチルが話しても、ミスラは何もピンとこなかったらしく、すぐに立ち去ってしまった。

 ルチルは勘違いだったとミチルに謝っていたが、でもやっぱり気怠げな姿はフルールの記憶の中のミスラと一致していた。

 三人で赤い髪の毛の持ち主が人混みに紛れるところを目で追っていると、近くの店の店主が話しかけてきた。ミスラはどうやら金銭を払わずに飲み食いをしたらしい。
 ミチルは憤慨したが、ルチルは「買い物の仕方を知らなかっただけかもしれない」と説いた。フルールも「そうかもしれないね」とミチルの背中を撫でた。
「北の魔法使いの方は魔力が強いから、人を守護して捧げ物を食べてらっしゃるのかもしれないし、そんな気持ちがなくても一方的に押し付けられているのかもしれない。買い物の仕方を知らなくても納得しちゃう」
「でも、あいつが迷惑をかけてきたのも事実です!」
「ええ、それはそれで事実ね」

 ミチルがまた眉を釣り上げ、フルールがどうしようかと首を傾げていると、そこにフィガロとレノックスが声をかけてきた。都の修復を手伝っているところらしい。フルールが知らない人とも一緒だ。

 目をぱちくりさせているフルールを見てフィガロが口を開く。
「ああ、ブラッドリー、彼女はルチルの奥さんのフルールだ。フルール、これは北の賢者の魔法使いのブラッドリー」
「これってなんだよ!」
 そう吠えるブラッドリーを見てフルールはちょっと身を縮めたが、しかしすぐに堂々と胸を張った。
「ブラッドリーさん、初めまして。フルールと申します。賢者様と賢者の魔法使いの方々をサポートしたいと思っていますので、これからご厄介になります」

 しかし、ブラッドリーは鼻で笑った。

「弱っちい南の魔法使いが何をできるって言うんだよ」
「ブラッドリー」
 咎めるようにフィガロがブラッドリーの名前を呼ぶが、フルールは気にせずに穏やかに応えた。
「あら。私、世界中の歴史と文化と、情勢に詳しいんです。人にまじって情報収集するのも得意ですよ。あとついでに雑用も。できることも、もっともっとこれから増やしていきますね」

 魔力が弱いからといってもできることはある。でも、「これだけしかできない」と諦めているわけでも、悲観しているわけでもなかった。人には向いているものもあれば、向かないものだってあるということを理解している。
 ただ、フルールはそれを理由にして努力を怠るつもりもなかった。地道に積み重ねていくことは好きだ。そうでなかったら吟遊詩人なんて、終わりもなく果てもないことは続けていられないだろう。
 自分のできる範囲をきちんと理解して、それを広げていく。そういうことだってフルールは得意だった。

「そりゃあ、悪くはねえな」

 ブラッドリーはニヤリと笑った。