魔法舎で共同生活を始めたばかりの頃、フルールはスノウとホワイトに呼び出された。
「各国の依頼や報告書を、私に取りに行ってほしいということですか?」
双子の用件は、端的に言うとそういうことだった。
各国の先生たちで情報共有があったらしく、フルールが移動の魔法を使えることと、その条件はフィガロからスノウとホワイトに伝わっていた。フルールの移動魔法は、自分自身と荷物だけで他の人は一緒に行けないし、行ったことのある場所にしか行けない。しかし、国の境を超えられるくらいの長距離の移動が可能だ。中央の国にある魔法舎からなら問題なく各国に行けるし、直接行けないような遠い所でもいくつかポイントを経由して行けば問題はない。
それを生かして、<大いなる厄災>の影響による異変や、被害の報告書や依頼書などを定期的に各国から魔法舎へ持ってきてほしいというのが、今回の頼み事であった。
「そうじゃ。頼まれてくれるかの? もちろん、お主の仕事や訓練を優先してくれて構わんぞ」
「書類はもちろん各国の役人たちに取りまとめてもらっておるから、安心してくれて良いぞ。お主が行くところは最小限で済む」
「エレベーターの動力のマナ石はやはり貴重じゃからのう。長距離の移動魔法ができる他の者も、行けないことはないが……」
そこで同じ顔のふたりは同じように肩を竦めた。大きくため息をついて、鏡写しのように腰に手を当てる。
「ミスラは気まぐれじゃし」
「オズは愛想がない」
「フィガロは……ああいや、あやつは無理じゃな」
「本当は我らが行けたら良いのじゃが……」
「うちの子たちが何をしでかすのか分からないから、あまり留守にしておくのものう」
フルールは頷いた。確かに納得の人選であった。
スノウとホワイトは魔法の実力もあるし、年長者で弁が立つ。個性あふれる賢者の魔法使いたちを取りまとめる存在だ。マナ石は確かに貴重で、節約できるのならばそうした方が良いけれども、わざわざふたりが取りに行くほどの問題ではない。
でも、フルールならその役目にぴったりだ。まずフルールは賢者の魔法使いではないから、その責務に強制的に駆り立てられてはいない。そして、仕事の関係で各国を訪れる機会も多く、ある程度柔軟な対応ができる。魔力は北の魔法使いには及ばないものの、両親からの守護もあるため、万が一のことがあっても怪我をすることはないだろう。
「皆様お忙しいでしょう。行ける限りでいいのでしたら、私にお任せください」
フルールとしても、困っている人の役に立てて、賢者の魔法使いのために働けるならば喜ばしいことだった。そして、世界を広めれば今後の仕事の縁もつなげることができるかもしれないという下心もあった。
フィガロも、フルールの出来ることや性格を考慮に入れ、こうなることを見越してスノウとホワイトに情報を明け渡したのかもしれない。根拠は何もないし、わざわざ確かめるようなことではないけれども、なんとなくフルールはそう思った。
「頼まれてくれるか!」
「良い子じゃ!」
そう言ってフルールを撫でようとするスノウとホワイトを止めて、フルールは言葉を続けた。
「ああでも、初めて行くところはやっぱり案内をしてもらわないと行けないですし、私には秘密にしなくてはならないこととか、そういったことがあったら教えてくださいね」
「もちろんじゃ! 最初に行く時は、クックロビンと行くがよい」
「あやつなら勝手が分かっているからの」
「いや、最初は我らも一緒に行こうかの!」
「おお! それがよい!」
「フルールをいじめるようなやんちゃな奴がいたらこらしめてやろうぞ!」
スノウとホワイトは「きゃっきゃっ」とフルールの腕に絡み付いた。フルールも「ありがとうございます、百人力ですね!」と肩の力を抜いて朗らかに笑った。

今回の<大いなる厄災>が強大だったために、各国と魔法舎とのやり取りはたくさんあった。通常であればフルールの出番なんて必要なかっただろうが、今年に限っては大忙しだった。
その日は午前中に慌ただしく書類を回収して魔法舎に届け、分かる範囲で整理をしてから、遅い昼食を食べるために食堂に向かった。ネロがフルールのために別に食べやすいものを作っておいていたため、ありがたくそれをいただいた。後片付けだけは自分でして、早足で訓練に向かう。
その途中でよく見知った背中を見つけて、嬉しくなって、飛び込んだ。
「ルチル! ただいま!」
突然の衝撃であったにも関わらず、ルチルはよろけることなく受け止めた。後ろを見て笑い、フルールの腕を軽く叩いた。
「おかえり、フルール! お疲れ様!」
ルチルの背中からフルールが顔を上げると、周囲にはルチルだけでなく、レノックスやムルとクロエも一緒にいた。みんな立ち止まって、視線をフルールに向けている。フルールは一度だけ瞬きをした。
「あら、皆さん一緒だったのね」
はにかんで「失礼しました」なんて言いながらフルールが決まり悪く手をあげると、ルチルが自然な仕草でその手を取った。優しく包んで、でも離れないようにぎゅっと握る。
「うん、ムルさんとクロエも、私たちと一緒に訓練を受けてみたいって話になってて」
「まあ素敵! よろしくお願いしますね」
フルールはムルとクロエのふたりに笑いかけると、ふたりとも明るく返事をしてくれた。
「うん! よろしくー!」
「いや、ううん! こっちこそよろしくね! フルールも確かルチルと同い年なんだっけ?」
「ええ、そうです。クロエさんも同じでしたよね」
「そうそう! あっ、呼び捨てでいいよ。せっかくだから、気軽に話してほしいな!」
「ありがとう、嬉しい! じゃあ、よろしくね、クロエ」
にこにこと笑う同い年の魔法使いたちを見て、レノックスは頬を緩めながらも「ほら、早く行かないとミチルが待ちくたびれてしまうぞ」と優しく窘めた。
クロエは慌てて両手を口に当てる。
「ああっ、ごめん!」
フルールは手と首を振って穏やかに否定した。
「ううん、私が引き止めちゃったから」
「大丈夫だよ、歩きながら喋ろう!」
そうルチルが焦りもせずに笑うから、ちょっと不思議に思ってクロエは小さな声で尋ねた。
「南の訓練って、時間厳守なの?」
「うーん、訓練自体のスタートの時間はまちまちなんだけれど、フィガロ先生が自習もできるように用意してくださっているから、ちょっと早めに集まって勉強しているんだ。多分ね、もうミチルは来ているんじゃないかな」
「わあ、偉いねえ……!」
西の国だったらどんなふうかなとクロエは思いを巡らせてみたが、なんだかんだとなかなか始まらなそうだ。話がずれたり、遊び始めたり、それはそれで楽しそうな予感しかしなかった。
「うん、ミチルがとっても一生懸命だから、負けないようにしないと!」
「そうね、ミチルと一緒にがんばらなきゃ!」
ルチルとフルールは顔を見合わせて笑った。
「ミチルはもちろんだが、おまえたちもよくがんばっているよ。大丈夫だ」
レノックスは羊を撫でながら頷く。それを聞いてまたルチルとフルールは「やった!」なんて小躍りした。
「おお……」
クロエは小さく拍手をした。南の国のみんなは仲が良さそうだと思ってはいたが、それを改めて目の当たりにした。
「着いたらすぐにミチルに紹介するね!」
「フィガロ先生も、もしかしたらもういるかも! 『今日は見学したいって言ってくれる人がいるんです!』って言わなきゃ!」
「うん、ありがとう! 楽しみだな、仲良くなれるかなあ」
先を歩いていたムルがこちらを振り返って、猫のようにクロエに擦り寄った。ルチルたちの方を向いて、無邪気に口の端を上げる。
「俺は俺は?」
「ふふ、もちろんムルさんもちゃんと紹介しますよ!」
「やったー!」
訓練場までの道のりは、楽しげな足音がいくつも響いていた。
