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第17話 美味しいお菓子

 魔法使いたちみんな大きな怪我なく中央の都での異変を鎮め、王城からの謹慎も解けた。叙任式も無事に開催され、クロエが作ったお揃いの衣装を着た賢者の魔法使いたち全員は人々からの歓声を浴びた。

 その後、街の復興も進み、ある程度人々が普通の生活に戻ってきた頃に、フルールはお休みの日を作り、晶の部屋を訪ねた。

「こんにちは、賢者様」
「フルールでしたか。何かありました?」
「前に言っていたお出かけのお誘いに来ちゃいました。もしこの後お時間があれば、私とふたりで中央の街に日用品とか、お召し物とかを買いに行きませんか? あっ、あとご一緒したいカフェもあるんです!」

 晶は心が浮きだった。今日は特段用事もなく、絶好のお出かけ日和だ。これはお互いをもっと知って親しくなれる絶好のチャンスだろう。そしてやっぱり、同性とのショッピングは心惹かれるものがある。様々なことが違う世界で、色々と用意されるのはもちろんありがたいことだが、あれこれ人と使い心地を話しながら日々使うものを自分で選ぶのは魅力的だった。
「はい! ぜひ行きたいです!」

 晶の元いた世界で車や自転車の運転が違うように、魔法使いの箒の操り方にも癖がある。晶が初めに乗せてもらった箒は、あまりにもジェットコースターのようにスリルがあってどきどきするものだった。次に乗せてもらったラスティカの箒は優雅で丁寧だった。そして、彼女の夫のルチルはだいぶスピーディな運転だった。そのため、もしかしたらフルールもそうかもしれないとちょっと晶は緊張していたが、その心配は杞憂だった。フルールの箒は速さがありつつも常に揺れが少なくて安定している。後ろに乗っている晶はその穏やかさに大きく息を吐いた。

「賢者様、気分が悪かったり怖かったりはしないですか?」
「大丈夫です! むしろ楽しいです!」
「ふふ、それならよかったです」

 街には降りずに、その近辺の人目につかない場所に晶とフルールは降り立った。フルールは慣れた足取りで晶を先導する。
 歩きながらふたりで相談をして、まず最初にフルールのおすすめのカフェに向かうことにした。

 そのカフェは可愛らしくて、でも派手だったりけばけばしかったりはしなくて、落ち着ける雰囲気のお店だった。ところどころに植物や花が飾ってあって、そのひとつひとつがきちんと手入れされている。
 フルールが少し店員と話すと、奥の方の席に案内された。そこは個室というわけではなかったが、少し周りと距離があり、大きな植物の影になっていることからゆっくり話すには最適な場所だった。

「賢者様は味や食感が苦手だったり、食べたら具合が悪くなったりするものはありますか?」
「ないです! 美味しいものはなんでも好きです。あ、でもアルコールは飲めません。こちらのお店のおすすめはスイーツですか?」
「はい! スイーツが美味しいって人気なんです」

 フルールはメニューを開いて晶の方に向ける。晶がそれを覗き込むと、素朴ではあるがリアルに描かれている絵がたくさん載っていた。
「こちらのケーキは上品な甘さのクリームがたくさんのっていて……これは酸っぱめの果実が中に入っているみたいです。こちらは香りの良いクッキーで、サクサクとした軽い食感です」
 フルールは文字の読めない晶のために、絵だけでは読み解けない説明をひとつひとつ付け加えていった。以前来たこともあったし、晶を連れてくるにあたって下調べもしておいた。フルールが食べたことのないものもあったけれども、名前を見れば予想がつくし、この店は分かりにくいものにはきちんとした説明がメニューに書いてある。
「こっちはなんですか?」
「甘酸っぱい果実とお砂糖と卵白を混ぜた焼き菓子ですね。甘くて、果実の味が濃くて、ちょっと不思議な食感がするんですよ」
「気になります! これにします!」
「ではこれと……お飲み物はどうされますか? これをいただくなら、個人的にはこの紅茶が合うかと思います。お菓子が甘いので、深い味のする紅茶でまた気分が変わるんです」
「なら、フルールのおすすめをいただきたいです」
「おすすめを試していただけるのは嬉しいです! ありがとうございます!」

 お菓子は晶が想像していたよりもずっと甘くて、事前の説明の通り独特の食感がして、美味しい上に楽しかった。合間に飲むちょっと苦い紅茶も、やっぱりフルールの言うようにとてもぴったりだ。

 ふたりであれこれと味の感想を言いながらお茶を楽しんでいる合間にフルールが晶に問いかけた。手を合わせて、指を動かして、少し躊躇いながら言い出す。
「……賢者様のお名前は晶様とおっしゃるんですよね。もしご不快でなければ、お名前でお呼びしてもいいですか?」
「はい、ぜひ!」
「あの! あの……それと、晶さんって、ちょっと砕けてお呼びしてもよろしいですか? 図々しいとか、ちょっとでも嫌な気持ちがあったら包み隠さずおっしゃってください」
 フルールはおずおずと尋ねたが、晶はそのためらいを払拭するように柔らかく微笑んだ。
「いいえ、そんなことはありませんよ、フルール。むしろ『様』付けはちょっと慣れないですね。そうやって気遣っていただけて嬉しいです」
「まあよかった! うふふ、ちょっとこれを言うの、どきどきしていたんです」
 フルールは大輪の花のように顔をほころばせた。

 異界からの来訪者で、世界を救ってくれるその時ただ一人の「賢者様」。だからフルールはその人を敬うものであると考えている。
 しかし、こうして晶と関わるようになったからには、そうやって遠ざけるのは違うとも同時に思う。会ったばかりでまだそんなに時間が経っていなくとも、彼女は人のことをよく慮れて、真っ直ぐな目で見つめてくれる人だと理解できた。きっと元いたところでも親しい人がたくさんいただろう。そんな人が一人ぼっちで違うところに放り出されたら、きっと心細くてとっても寂しい。
 自分は晶とも同年代で、同性で、賢者の魔法使いではない存在だ。当たり前だが、晶の周りには賢者の魔法使いばかりがいる。だから、違う立場の友人として、晶の心の安らぎになれればという希望を抱いている。

 ふたりはお互いの心遣いに胸がぽかぽかして笑い合った。

 出会ったばかりで、ちょっと距離があって、どこまで足を踏み入れていいのかはまだ分からない。それでも歩み寄って仲良くなりたいという気持ちがどちらにもあることはよく分かる。相手の心を尊重して、そっと手を取り合っていく。それは人付き合いとして当たり前のことだ。でも、いつだってちょっとくすぐったく思えて、嬉しくなって、心踊る。そんな、愛おしいものだ。

 ふたりはみんなへのお土産もたくさん買って魔法舎に戻った。一緒に魔法舎を巡ってひとりひとりに手渡していく。いない人にはまた今度渡せるように分けておいて、でも足が早い食べ物は悪くならないうちに好きな時に気になった人が食べられるように食堂に置いておいた。

 晶とフルールで和気藹々と喋りながら廊下を歩いていると、「楽しそうだね」と鋭利な氷のような声がかけられた。
 声の方向を見ると口を歪ませたオーエンが優々たる姿で立っていた。
「こんにちは、オーエン」
「こんにちは、オーエンさん」

 朗らかに挨拶をする晶とフルールに、オーエンは獲物を狙うしなやかな猫のように目を見開いた。

「ねえ、フルール。知らないわけがないだろう。南の国の賢者の魔法使いは全滅したんだ。弱いのに、お互いを庇いあって……優しいひとたちだったろう?」

 フルールは表情を固くして息を詰めた。

 例年通りみんなで盛大に送り出して、帰ってくると信じて疑わなかった南の賢者の魔法使いたち。本当に優しい人たちで、素敵な人たちで、彼らがもう二度と戻らないことを思うと苦しくて仕方がなくなる。彼らを弔うときにも、たくさんの人がその喪失を悲しみ悼んだ。

 思いを巡らせているフルールを見てオーエンは目を細める。

「今度はきみの家族の番かもしれない」

 晶はあまりにも無慈悲な言葉に「オーエン……!」と懇願するような声をあげた。

 それを歯牙にもかけずにオーエンは言葉を続ける。宝石のような目玉がぎょろりと動いた。

「かわいそうなフルール」

 フルールの顔を覗き込んで、酷薄な笑みを浮かべる。ゆったりと腕を組んで、毒を囁いた。

「きみひとりが仲間外れだ。きみだけが役割を逃れた。きみの大好きな家族は全員死んじゃって、きみだけが残されるかもしれない」

 今回の<大いなる厄災>は強大で、この後はもっとその脅威を増すかもしれない。そして、それで死ぬ可能性が一番高いのは、魔力の弱い南の魔法使いだ。フルールの家族と、家族同然の魔法使いたち。それは、確かにあり得る話だった。

 しかし、フルールは柔らかく微笑んだ。ゆっくりと息を吸って胸に手を当てる。胸を張って、顎を引く。
 フルールは南の国で生まれ育ったけれども、フルールの父親は西の魔法使いだった。思い出の中の彼の姿を辿る。自分の信念に背筋を伸ばし、美しい言葉を紡いで、周りを翻弄する。その心を意識する。西の国に住んでいなくとも、その血はフルールにも確かに流れている。

「ご心配ありがとうございます、オーエンさん」

 楽しげだったオーエンは一転してその目に警戒の色を浮かべた。

「圧倒的な力を持つ方に気にかけていただけるのはとても誇らしく、嬉しいことです」

 フルールは低姿勢を貫きながらも、決して屈することのない心を表す。

 それでもやはり眉は下がり、声は小さくなってしまう。

「でも私、もう、散々泣いたから、そこで止まっていても、仕方がないんです」

 だって、それはフルールの一番不安なところだ。オーエンの言葉は、確実にフルールの心の柔いところを傷つける言葉だった。
 それでも、フルールはオーエンの瞳から目を逸らさない。

「ふうん、それなのに、こんなふうに遊んでいるんだ」

 再び笑みを深めたオーエンに、いよいよ晶は本格的に止めようとして手を伸ばすが、その後ろから「オーエン」と咎める声が響いた。

 その方向に視線をやると、フィガロが目をすがめて立っていた。ゆっくりと近付いて、フルールの肩に手を乗せる。

「……ふん」

 オーエンは明らかに不満そうに顔を逸らして姿を消した。

「あっ、オーエンさん! お土産の美味しいお菓子が食堂にありますよ!」

 いなくなった姿を追い、フルールは先ほどのやり取りがなかったかのように慌てて大きな声を出した。
 その応えはなく、廊下には静寂が広がっていた。

「助けていただいてありがとうございます、フィガロ先生。……オーエンさん、聞こえていたでしょうか」
 晶はフルールに寄り添い、背中を撫でた。フルールはあたたかい手に顔を綻ばせる。
 フィガロは柔らかい笑みを浮かべながらフルールの肩を軽く叩いた。
「フルールは優しいね。オーエンにいじめられていたんじゃないの?」
「だって、甘いもの、お好きなんでしょう?」
「そうみたいだね」

 悲しそうな様子なんてもう見せず、胸元で拳を握ってフルールは言った。

「とっても傷ついたし、もういじめないでほしいので、貢ぎ物です」

 残忍な言葉をかけられたばかりとは思えない逞しい発想の転換に晶は目を丸くする。フィガロは楽しげに喉で笑い、満足そうに頷いた。

 その後、食堂に置いていたお土産のお菓子は根こそぎ食べ散らかされていた。