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第16話 みんなで力を合わせて

 ジュードに異変がないことをしばらく確認すると、ルチルとフルールはミスラやブラッドリー、ネロがいるであろう方向をじっと眺めた。自分たちよりもずっと心も魔力も強い人たちだということが分かっていても、心配なことには変わりはなかった。

 フィガロはそんなふたりの様子を見て軽く笑う。
「あいつらなら大丈夫さ。過度な心配は彼らには侮辱にもなり得るから、そんなに思い詰めないで」

 ふたりも、理屈では分かるのだ。無事かどうか憂うことは、彼らの力を疑うことにも繋がる。それは彼らの矜恃を穢すことだ。そうであると理解はしている。しかし、感情としては追いつかない。せっかく縁があって、これから長く仲良くしていきたいと思っている人たちが、自分たちを庇ってあの場に残ってくれた。どうかその彼らが無事であるようにと願わずにはいられない。

 ふたりがフィガロの言葉に頷きながらも顔を明るくすることがないので、「そのノーヴァってやつが月の石を目的としているのなら、こっちに来ていないことが彼らが無事な証拠さ」とフィガロは肩を竦めた。

「さあみんな、こっちにおいで。手当てをしよう」
「ありがとうございます、フィガロ先生。リケ、ミチル、おいで」
 ルチルが手招きをするが、フィガロがその手を制する。
「ルチルが一番ひどい怪我をしているだろう。きみが先だ」
「先生、ふたりは私が診ましょうか」
 そう提案するフルールは怪我こそないようだが、その髪の毛は痛々しく不揃いになっている。
 髪の毛というものは人にとって総じて「自分の体である」という意識も低く、生命維持には影響がないために守る優先順位としても高くない。恐らく受けた攻撃が強力だったため、守護の魔法のその本質を果たすために力を集中させたのだろう。そしてそれは遺憾無くその威力を発揮させた。

 しかし、だからと言って問題がないわけではない。南の国で人々と協力して平和な生活をしていた者にとって、明確に与えられる鋭利な悪意と攻撃は身体だけでなく心も蝕む。

「だめだめ、フルール。きみもしっかり休んでるんだ」
「はい、分かりました」
 大人しくジュードを抱え直すフルールに、レノックスが近寄って「代わろう。フルールもちゃんとフィガロ先生に診てもらいなさい」と穏やかに言った。フルールがお礼を言うと、レノックスは子どもの身体を片手で悠々と抱えてフルールの頭を撫でる。フルールは目を細めてもう一度感謝を述べた。

 それからフルールはリケとミチルのふたりを呼び寄せた。両手を広げて、近寄ってきた彼らを抱きしめる。あやすように背中をさすって、冷えた身体をあたため、ゆっくりと心を解きほぐしていく。
「あんな状況で、ふたりだけにしてしまってごめんなさい。無事で本当によかった。とても怖かったでしょうに、私たちのために助けを呼んでくれたのでしょう? あなたたちのおかげで助かりました。ありがとう」
「いいえ、いいえ姉様……! 兄様も姉様も、ちゃんと一緒に帰ってきてくれて、よかった……!」
「うん、ごめん、ごめんね。ありがとう、ミチル」
「神の使徒として当然のことをしたまでです」
「そう。それでも、ありがとう、リケ。私たちを助けようとしてくれて、そしてミチルと一緒にいてくれて……ありがとう」
 ミチルは涙ぐんでフルールの肩に顔を埋める。リケはくすぐったそうに身をよじった。

 フィガロはそんな年若い魔法使いたちを横目に見ながらルチルの治療を続けた。
 ルチルの手首に目を落とすと、そこにはフルールの髪の毛がかかっている。強い守護の魔法がかかっていて、よく知った彼女の両親の気配と、加えて彼女自身の魔法の気配もある。
「……これはフルールが?」
「ええ……私のことを守ってくれたんです」
 ルチルは痛ましげに、しかし宝物を愛でるかのようにそれを見つめた。
 フィガロは眉を下げながらも頬を緩めた。あたたかな日差しの中で午睡をする時の膝掛けのように、安心できる柔らかい声を出す。
「うん、強い守護のお守りだ。よくできてるよ、フルール」
 フルールはうふふと笑って誇らしげに「ありがとうございます!」と言った。

 順番に治療を進めていき、フルールの番になった時にフィガロはフルールの髪の毛を元に戻そうと提案をした。フルールは後で切って整えるからと断ったが、ルチルが「フルールが守ってくれたから、今度は私にやらせて!」と手を握ると、はにかんで頷いた。
 ルチルがフィガロに目配せをすると、フィガロは目を細めてその役目を任せる。

 ルチルとフルールのふたりで両手の指を絡めて、額を近づける。呼吸を合わせて、目を閉じた。魔力の流れと、心と身体の形に意識を向ける。
 風が吹く。
 それに乗って花の香りが飛んできた気がした。
 ふたりでよく一緒に行った花園が自然と心に浮かぶ。手を取り合って、駆けて、本を読んで、遊んで、踊って、絵を描いて、歌をうたって、そして愛を囁いた、大事な場所。

「《オルトニク・セトマオージェ》」

 ゆっくりとフルールの髪の毛が伸びていく。しばらくそのまま静かに息をして、ふたりは同じタイミングで目を開けた。最後にフルールの髪の毛が波打って広がった。
 ルチルがフルールの髪を梳いて、その手をフルールの視線がなぞる。口角を上げて、お互いに目を見つめた。
「うん、フルールだ」
「完璧ね、ルチル」
 ミチルが「よかった!」と言ってルチルとフルールに飛びついた。ぎゅっとふたりの服を握り締めて大きく息を吐く。
 フルールは目を丸くした。自身はそこまで頓着していなかったものの、周囲にとっては悲惨なものに見えていたようだった。
 フィガロはフルールに向かって声を出さずに「ね、元に戻してよかったでしょう?」とウインクをする。フルールは何も言わずに顔を緩め、ミチルの背中を優しく叩いた。

 身体の芯から震えるような雷鳴と共に夜は過ぎ、凶鳥の消失と、中央の塔の再生とを世界が祝福するかのように空が鮮やかに彩られていった。
 激しい戦いがあった証なのか真っ黒な羽が舞い落ち、街中を覆っている。

 レノックスがジュードを彼の家まで送りに行き、他の者たちはそれぞれに魔道具を取り出して浄化の作業を進め始めた。

「浄化しながら、ミスラさんとブラッドリーさんとネロさんを探そう」
「ええ、皆さん大丈夫かしら。ちゃんとお礼を言わないと」
 未だに不安が残る顔でいるルチルとフルールの一方で、フィガロは明るくふたりの肩を叩いた。
「大丈夫じゃなかったら先生がどうにかしてあげるよ」
「もう! 先生、そんなこと言っちゃだめですよ!」
「そうですよ先生! 言い方がぞんざいです!」
「えええ、そうかなあ」

 周辺の浄化を終えると、魔法使いたちはまた別のところに足を進めて次々と真っ白の輪を広げていく。

 フルールもそれは例外ではなかった。今までは南の国の外では、吟遊詩人としての仕事を安全に、また円滑に進めるために魔女であることをあまり公にしていなかったが、積極的に浄化の魔法を使っていた。
 危機が去ったことを察した人間たちが外の様子を眺めていても、フルールは魔法を使っていることを誤魔化す様子がない。

 不思議に思ったルチルがこっそりと尋ねた。
「フルール、魔女だっていうことを隠さなくてもいいの?」
「大丈夫! 魔法使いにしかできないことよ、私もちゃんとお役に立ちたいの」

 フルールはルチルの手首にある自身の髪の毛を踊るように外して呪文を唱えた。堂々と竪琴を鳴らし、平和と安寧を願う歌を響かせる。彼女の一部だったものは四方に散り、光り輝いて空気にとけていった。髪と、それに(はくどう)(いんりつ)、詩の内容や声の響き、歌の全てを媒介として、浄化の力を広げていく。
 果実の恵みのように豊かに微笑んだルチルがそれに合わせて踵を鳴らした。
 ミチルも春の訪れを喜ぶ風のように駆け出して両手を広げる。
 みんなで合わせて魔法を使うと、黒い羽が宙に舞って太陽のように輝いた。その光景はさながら、世界のたくさんのことに感謝を捧げ、生きることを謳歌することを表明するお祭りのようだった。