早朝に合流したみんなで魔法舎に戻り、いい匂いの漂う食堂に向かった。そこには楽しげに食卓の準備をするリケとミチルがいて、その後ろからネロが料理を持って顔を覗かせた。朝の挨拶を交わし合い、散歩帰りの人々が口々に配膳の手伝いを申し出るとネロはちょっと目を逸らしながらも「あー……じゃあ、お願いしようかな」と任せてくれた。クロエが「やった!」と小さく声を漏らした。
あたたかくて美味しいご飯を食べながら、少し声を潜めてフルールはミチルに声をかけた。
「ねえミチル、ちょっと相談があるんだけど──今日は授業の始まりを遅くしてもらいたいってフィガロ先生に言おうと思ってるの」
ミチルはパンをちぎりながら目を丸くする。
「どうしてですか?」
「人伝に聞いた話だけど、昨日、レノさんが夜遅くにご用事があったみたいなの。もしかしたらレノさんは大丈夫って言うかもしれないけど──寝不足って辛いでしょう? ちょっとでも休んでほしくて」
「だから授業を遅くしてもらおうかなってフルールとふたりで話してたんだ。ミチルがもしよければ、その分は私たちで自習しない?」
ルチルとフルールの説明を聞いたミチルは、全く渋る様子もなく何度か頷いた。
「分かりました。ボクは構いませんよ」
「ありがとう、ミチル」
「ありがとう!」
「フィガロ先生とレノさんにはこのあと話しに行くんですか? ボクも一緒に行ってもいいですか?」
「もちろん! 朝ご飯を食べ終わったらフィガロ先生にお願いしに行こうと思ってたけど、レノさんのところは……いつ行ったらいいかしらね」
フルールは口元に手を当てながら視線を彷徨わせてルチルの方を見た。ルチルも同じように口元に手をやって首を傾げる。「ううん」と唸りながら答えた。
「レノさんが起きてるかどうかにもよるから、ちょっと様子を見ようか。フィガロ先生に相談するのも手かな」
「ああ! それいいかも!」
「ね! そうしよう!」
これで大丈夫だと言わんばかりに笑みを浮かべているルチルとフルールの一方で、ミチルは「先生、今日はちゃんと起きてるかな……」と不安げに小さく呟いた。

ミチルの心配は当たってもいたし、外れてもいた。
ルチルとミチルとフルールの三人は、朝ごはんの片付けの手伝いもした後でフィガロの部屋に向かった。扉をノックして普通に返事がかえってきて安心したのも束の間で、出てきたフィガロは明らかに寝起きだった。着替えこそ済んでいるものの、挨拶をする声には明らかに眠そうな色が滲んでいた。
「みんな揃ってどうしたの? こんな朝早くに」
「先生、もうそんなに早くないですよ!」
目が半分閉じていて欠伸を噛み殺しているフィガロに、ミチルは眉を吊り上げて指摘した。ルチルは弟のような物言いはせずに「ごめんなさい、起きたばっかりみたいなのに」と謝ったものの、出直したり話す内容を減らしたりすることはせずに、ここに来た事情をしっかりと説明した。
フィガロは穏やかな目でそれを聞いて、ゆったりと頷いた。
「分かった。じゃあ、今日は授業を遅くしようか。休みにしてもいいけど──レノは大丈夫って言い張りそうだから遅くするくらいがちょうどいいね。レノには俺から伝えておくよ」
「ありがとうございます、先生!」
「フィガロ先生、よろしくお願いします!」
「よかった! ありがとうございます!」
視線も合わせずに自然と手を取り合って喜び合う三人を見てフィガロは頬を緩める。
「みんなで自習をするなら、俺から課題を出そう。各国や地域の特徴を調べて、後で俺たちに教えてくれるかな。この様子だと、南の国だけでなく、色々な場所の任務に行く機会がたくさんあるだろうからね」
生徒たちはその言葉に姿勢を正して「はい!」と声を揃えて返事をした。フィガロは三人の輝く顔を順番に見遣ってから静かに、そして穏やかに言葉を続けた。
「──みんなも知っているように、場所によって、気候や自然はもちろん、精霊たちにもそれぞれ違った特徴がある。そして、そこの土地や精霊自体が持つ力、相性なんかも魔法を使うときに影響してくる。オズや北の魔法使いたちみたいな強い魔法使いはその辺大雑把で例外だけどね。でも、魔力が強くない者や、きみたちみたいな成長途中の若者たちには大きく響く。もちろん、調べただけでは分からないことだってあるけど、あらかじめ知っておけばそれを利用したり、何らかの対策を立てたりすることができる。知識はきみたちの背中を押してくれるよ」
フィガロはふっと息を吐くと、雰囲気を一変させてウインクをした。
「それに、この景色が見てみたいとか、特産のこれが欲しいとか、あれを食べてみたいとか、そういうのがあると楽しいからね。たくさんのことを調べてみるといいよ」
ミチルは未知の世界を想像して口元を緩ませ、ルチルは「ふふふっ」と笑い声を漏らした。フルールは何度も深く頷いている。
「はい、分かりました!」
「がんばります! フルール、なにかおすすめあったら教えて!」
「たくさんあるわ!」

生徒たち三人ともいなくなったあとに、フィガロは自分の部屋に戻って大きく伸びをしてベッドに腰掛けた。
レノックスの気配をなんとなく探るが、まだ起きている感じはしない。軽く指を振り、魔法で手紙をレノックスの部屋へと送る。もし起きたら「優しい子どもたちがきみのことを心配してくれていた」と伝えに行ってあげようかなとなんとなく思った。
ルチルはレノックスの夜更かしの詳細については言及していなかったが、恐らくはファウストのことだとフィガロには予想がついた。大方、眠れていなさそうなファウストの様子を見かねて、結界が正常に働いているかレノックスが確認していて夜更かしをしていたというあたりだろう。
ファウストは本当のところはレノックスに頼るつもりはなく、眠れず不安な毎日を過ごしながらも自分でどうにかするつもりだっただろう。彼はそういうところが真っ直ぐで、真面目で、不器用だ。
結界なんて、ファウストがフィガロに一言頼めば綻びがないか確認するし、材料や手法が最適かどうかだって助言できる。
でも、ファウストはフィガロに声をかけることはない。
「あーあ」
もう一回伸びをしてフィガロはベッドから立ち上がった。
食堂にはネロの作った朝食がまだ残っているだろう。あまり遅くなると飢えた獣たちが起き出して根こそぎ無くなってしまう。
美味しい食事は身体も心も満たす。レノックスの分も確保してやろうと思って、フィガロは少し足を早めた。
