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第2話 合コン

 ルチルは静かに悩んでいた。

 魔法舎に辿り着いて早々、人間の兵隊たちが賢者の魔法使いたちを襲っていた。レノックスと、それから中央の国の王子のおかげでことは収まり、現在は魔法使いだけが一堂に会している。

 賢者の魔法使いたちは各国から集まっているだけあって個性が多様であったが、ルチルはそれに忌避感を抱かなかった。それは世界を巡ってたくさんの素敵な話を持ち帰ってくれるフルールのおかげでもあるかもしれないし、彼自身の元々抱いていた性情のためかもしれない。ルチルの目には、各国の魔法使いたちは一癖も二癖もありそうなものの、お互いにそれぞれの大切な思いを持って生きていることが滲み出て見えた。

 力を合わせて<大いなる厄災>に立ち向かうために、そんな彼らと一緒に一年間自分たちの力を磨きながら魔法舎で暮らす。それは確かに堅実なことで、特に攻撃魔法が得意でない自分や、まだまだ発展途上のミチルにとっては願ってもない話だ。ミチルも、フィガロもレノックスも、そしてまだ出会ったばかりの賢者の魔法使いたちも、誰も失いたくない。自分だって死にたくはない。だからとても良い話だ。

 でも、ルチルはじっと考えていた。

 まだ、魔法舎で共同生活をするかも賛否が分かれているし、口を挟んでもいいのか、この提案をしてもいいのか大丈夫かと腕を組んで首を傾げ、そして「こうして悩んでいても、実際聞いてみないことには分からないな」と思考を投げて声を上げた。

「あの、すみません」

 そう切り出したルチルを魔法使いたちが一斉に振り返った。隣にいたミチルは肩を震わせたが、ルチルは臆することなく言葉を続ける。

「皆様に相談なんですけれども、もし、<大いなる厄災>までの間をみんなで魔法舎で暮らすということになったなら、妻をこちらに呼んでもいいですか?」

 フルールは、賢者の魔法使いでない者が魔法舎に行かないほうがいいだろうと言った。そして、今回の訪問に関してはルチルも気持ちを同じくしている。召喚されたてで、賢者と賢者の魔法使いたちの様子がわからないうちに突然部外者を連れてくるのは褒められることではない。

 しかし、ここで暮らすのならば話は別だ。今回は異例の出来事であるようだし、聞いてみるくらいはいいだろう。先んじてフルールも一緒に魔法舎で暮らさないかと彼女自身の意思を確認したわけではないが、ルチルとミチルがずっと帰ってこないと知ったら顔を曇らせるだろうし、みんなに受け入れてもらえたと知ったらきっと彼女は微笑む。もしフルールが予想と違って是と答えなくとも、宥めすかせて納得させる自信はあった。だから、下手にフルールに先に情報を伝えるよりはこちらで先に相談をした方がいいと判断した。

 凛と背筋を伸ばしているルチルに対して、周囲の反応は様々だ。驚く者、優しい目をする者、そしてフィガロは何か言いたげな顔をしていた。
 そのフィガロの表情を近くで見ていて、彼の心情を聞いたばかりのレノックスは小さく「いいんですか」と尋ねた。フィガロは首を振って「ルチルがああ言うならどうしようもない」と苦笑した。
 ここでフィガロが反対したとしても、ルチルは母親譲りの頑固さでなんだかんだ言って意思を曲げないだろう。それに魔法舎で暮らすことになったら、たまに里帰りくらいはできるだろうが、有事があれば帰ることもできない。そうであるなら、ルチルもミチルもフルールが一緒にいた方がいい影響があるだろうし、フルールひとりで一年間──もしかしたらそれ以上の期間を過ごさせるのは憚られる気持ちもあった。様々な要素を考えた結果、やはりフィガロが観念するのが一番良さそうだった。フルールに会ったらよくよく無理をしないように言い聞かせなければと溜息をついた。

「妻!?」
「奥さんいるんだ!?」

 若い魔法使いたちは大きく目を開けて次々に驚嘆を口にする。
 結婚することは約束することと同義だ。南の国の魔法使いたちの自己紹介を聞いた限り、彼はまだ体の成長が止まっていない、見た目通りの年齢の魔法使いなのだろうと思っていた。確かにこの場にはラスティカという既婚の魔法使いもいるが、ルチルのような年齢の近い魔法使いが結婚してることは、若い彼らにとっては衝撃的であった。

 一方で、最年長のスノウとホワイトはルチルの発言を聞いてにこにこと微笑み出した。
「それはいいのう。愛し合う者たちは一緒にいるのが一番じゃ」
「互いを唯一とする者たちが引き裂かれるような悲劇は起こしたくないものじゃからな」
 ホワイトがスノウを見つめた。スノウはちょっと頬を引きつらせた。

 他の魔法使いたちも概ね表立った反対はなかった。人見知りが強い東の魔法使いたちは、新しく人が増えることにいい顔はしなかったものの、それでも家族と過ごしたいという気持ちを真っ直ぐに伝えられて却下できるほどの冷酷さは持ち合わせていなかった。

 周囲を見回して、魔法使いたちが不承認を唱えないことを確認したアーサーが代表し、一番肝心な晶の意思を確認する。
「賢者様は、よろしいですか?」
「はい! ……ええと、皆さんがよろしければ、正直なところ、女性の方もいらっしゃると心強いです」
 そう言って頬を掻く晶に、シャイロックは艶やかな笑みで視線をよこした。さも良いことを考えたと言うようにいっそう目を細めて頬杖をつく。
「おや、賢者様は女性の方がお好みで? 姿を変えてさしあげましょうか。前の賢者様にも披露したことがあったんですよ」
「いえ、そういうわけではなく……皆さんが問題だとかでもなく、えっと……同性がいた方が気楽なので」

 晶は慌てて否定した。それはそれで気になるが、でも「女性がいた方が心強い」というのはそういうことではない。賢者の魔法使いたちが悪いわけではないし、彼らを遠ざける意図もないが、しかしどうしても晶が一度「男性だ」と認識してしまったので、彼らに話すには憚られるものが確かに存在した。それを気にしない人もいるのだろうが、晶はちょっと気にする人だった。なので、女性がいたらそれは素直に嬉しい。

 晶の感覚と魔法使いたちの感覚は違っているようで、どう説明したらよいのやらと口籠っていると、流石に年長者たちはそれを察したのか声のトーンを変えた。

「なるほど。それは失礼いたしました、賢者様」
「我ら気が利かんで、すまんの」
「魔法使いはさほど性別など気にしないんでの。盲点じゃった」
「その、すみません。お気遣いいただいてありがとうございます」

 大勢の前であれこれと言わなくても大丈夫なことに晶は安堵の息を吐いた。

「賢者がそう言うのなら、早速来てもらえるかの?」
「我らがどうであっても、少なくとも賢者はここで暮らしてもらうことになるからのう」
「わあ! それは確かに嬉しいです! いえ、でも、奥様のご都合がよろしければ……」
「ありがとうございます、賢者様! なら、明日の早朝にでも一旦帰って相談してみます!」

 その様子を見て、フィガロは微笑んだ。起点の理由が何であっても、フルールが賢者と仲良くなれば、賢者はフルールを、ひいてはその家族を無碍にすることはできないだろう。それはなかなかいいかもしれない。少しでもあの子たちの危険が減る可能性があるなら、それに乗らない手はなかった。

「……彼女なら女の子たちの相談にもよくのっているので、恐らく賢者様のご期待にも添えるでしょう」

 フィガロは静かに、穏やかにそう言った。少なくともフィガロはそのつもりで、きっとお気に召してもらえるだろうと思ったが、双子の魔法使いたちは顔を顰めた。
「フィガロちゃん、そういうこと言う?」
「ねー、感じ悪う」
 フィガロは心外だとばかりに鼻にしわを寄せる。
 そこに援護をしたのはルチルだった。
「あの、フィガロ先生、ありがとうございます。確かにそういう姿はよく見ますので、賢者様にご安心くださいと言いたかったんですよね」
 フィガロは表情を和らげておどけたように手を広げた。少しだけささくれだっていた気持ちが凪いでいく。
「そうそう、別に変な意味なんてないのに」
「もう、フィガロ先生ったら。あれだと慇懃無礼で嫌味っぽく聞こえちゃいますよ」

 そうやって思いやりのある苦言を呈すルチルの姿は、「この人の結婚相手なら大丈夫だろう」という害のなさを周囲に与えた。なんとなく身構えていた人たちも、体の力を抜いて座り直した。

「ルチルの奥さんって何? 人間? 魔法使い? 猫だったり鳥だったりして!」
「こら、ムル」
 暴力的とも思えるムルの言い草にシャイロックは言葉を尖らせたが、ルチルは気にせずに笑った。

 そういえばそんなことも話さずにいた。魔法使いに偏見の少ない南の国の住民であっても、あんな騒動があったばかりだから、仮に人間だったなら反対されても文句は言えなかっただろう。しかし、それを確認する前に受け入れようとしてくれたことが嬉しかった。

「ふふ、妻は魔女ですよ。吟遊詩人をしています」
「素晴らしい! お会いできた時にはぜひ歌を聞かせてほしいものだ」
「ラスティカ、流石に他の人の奥さんは鳥にしないよね……?」

 覚悟していたよりもあたたかい賢者と各地の魔法使いたちに、ルチルは気を緩めた。フルールを呼んでいいと認められたことに満面の笑みを浮かべてお礼を言う。

 まだまだ出会ったばかりだけれど、彼らと自分は仲間同士だ。そんな彼らにフルールのことを話せて、今後フルールと共に彼らとの交友を深めることができるだろうことは喜ばしかった。
 そしてやっぱり、フルールと一緒にいていいと認められて、そうできるということはルチルの心を強くする。

 ルチルとフルールの不思議な以心伝心で、今すぐでもそれを伝えることは出来るものの、ルチルは直接伝えようとなんとなく決めた。

 ちょっと離れただけなのに、無性にフルールに会いたいなあって、そう思ったのだ。