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第7話 ひとりでお買い物とお掃除

 パレードの馬車が見えなくなるまで見送った後にレストランのオーナーとの打ち合わせを終えて、フルールは中央の市場を歩いていた。

 その目的は、当面のところの細々とした生活用品や足りない食べ物を買い足すためだ。自分で持ってきたものもあるが、雲の街は中央の都ほどは商品が豊富ではない。せっかく中央の都に来ているのだから、お店や市場を見てから魔法舎に戻ろうと思った。

 それに、たったひとりで、きっとお気に入りのものも持たずに異界にやってきた晶のためのものも色々と揃えておきたいとも考えている。

 魔法舎の方でも多少の用意はあるようだが、自分の心がときめくものを取り入れてくれてくれたら、それは晶の日々の楽しみや癒しになるだろう。それを見つけるにはじっくりと選んでもらうことが必要だ。本当は一緒に買い物に出て、自分で好みのものを探してもらうのが一番いい。でも、恐らくしばらくはそんな暇もないだろう。それならフルールがいくつか買っておいて、選択肢を広げておけば役に立てるかもしれない。

 フルール自身が気に入ったものを買えば、晶が使わなかったとしても自分で使える。もしその数が多くてフルールが使いきれなかったとしても、雲の街の女性たちへのおみやげにするのもきっと楽しい。彼女たちは他の国に行ったことがないか、そうでなくともあまり行くことがないので、雲の街で見かけないものはそれだけで心踊るだろう。

 復興がまだ進んでいないところもあったが、幸いにして営業している商店も多かった。フルールはそのうちのいくつかのお店で品物を選んで、両手いっぱいに抱えて中央の都を後にした。

 街外れに出て、人目がないことを確認する。中心部から少し離れるだけであっという間に人通りは少なくなる。それでも、念には念を入れて物影に隠れるように縮こまった。
 頑なに魔女であることを隠しているわけではなくて、バレてしまっても堂々と吟遊詩人としてまた訪れる気ではいるが、それでも、トラブルになる種は少ない方がいい。
 もう一度人の気配を確認してから移動魔法を発動させて魔法舎に戻った。

 賢者の魔法使いたちがいた時にはあんなにも賑やかだった魔法舎は、その精彩を欠いていた。フルールの起こす衣擦れと、足音だけが廊下に響く。窓を開けたらひんやりとした空気が入ってきた。

 部屋で買ったものと、それから自宅から持ってきたものと、色々と荷物の整理をしてから、動きやすくて汚れてもいいような服に着替える。髪の毛をまとめて、三角巾で覆う。
 腕をまくって、ガッツポーズをして、フルールは気合を入れた。

 これから、魔法舎を掃除する。

 一見きれいに見える魔法舎は、どことなく荒れていた。
 ルチルから聞いた話によると、魔法舎が人間たちに襲撃されて、でも和解をして乱闘の後始末や片付けもしたということだ。でも、よく見ると所々にその痕跡が残っている。
 ルチルたちが魔法舎に向かったのは、日が沈んで、闇に身を隠すことが容易になる頃になってからだ。あの時間から争いを収めて、片付ける。中央の都に戻ることも考えると、片付けに割ける時間はそこまで長くはないと推察できる。もちろん、いい加減な作業はしていないと思うが、魔法を使えない人間が短い時間で魔法舎を整えきるのは難しいだろう。

 賢者の晶は少なくともここを拠点として生活を営み、また、同意さえ取れれば賢者の魔法使いたちだって魔法舎で暮らすことになる。少なくとも南の魔法使いたちは共同生活に前向きなように見えるので、きっと自分たちだけであったとしても実現するだろう。
 それならば、この降って湧いた魔法舎に誰もいなくなる機会に掃除をし、居心地よく過ごせるようにしておいた方が気分がいい。それは周りの人のためでもあるし、自分のためでもあった。身の回りの環境というものは驚くほどに身体と心に影響してくる。乱雑であれば焦燥感が積もるし、きれいならば気持ちがいい。
 気付かれなくなっていいし、感謝されなくてもいい。これはほとんど自己満足だ。気付いてくれたり、ありがとうと言われたりしたらそれはとても嬉しいが、そんなことがなくたって整って清潔になった魔法舎を確認してひとりウキウキするのだ。

 フルールはたった二つの手だけでは扱いきれないようなたくさんの掃除道具を用意して、「よいしょお」と声を上げながらいくつかのバケツに水を汲んだ。

 教えてもらっていた各自の部屋は避けて、共有スペースだけを掃除するつもりだ。でも、共有スペースだけでも結構な広さがある。自分の手で掃除するのも嫌いではないが、それでは時間がかかりすぎる。だから、魔法を使って掃除をすることにした。あんまり遠くまでだとコントロールがうまく行き届かないが、自分がいる一部屋くらいなら魔法を使って掃除道具を操ってもきれいにできる自信がある。
 呪文を唱え、リズムを取るように手を動かした。箒やはたき、それに雑巾が楽しげに踊り出す。しかしそれは乱雑なものではなく、的確に掃除の作法を守っていた。両親が亡くなった時にはフルールはまだ掃除を手伝えるような年齢ではなかったし、チレッタは家事がそんなに得意でなかった。だから、この掃除のやり方は、モーリスや近所のおじさんやおばさんが教えてくれたものだ。

 鼻歌を歌いながら、自らも道具を持って部屋を掃除していく。

 フルールは、掃除をするのが好きだ。汚れを落とすのは大変だけれども、きれいにしていくと清々しい気持ちになる。
 でも、こんなに大掛かりな掃除をする時、いつもだったらミチルとルチルと一緒にあれこれとお喋りをしながら掃除をするので、少しだけ寂しい気持ちがあるのが正直なところだ。

 ルチルもフルールと同じように掃除が好きで、いつも楽しげに掃除をする。ミチルは、フルールもルチルも知らないようなコツを教えてくれるくらいに掃除が得意だ。

 こんなに広くて美しい建物で、ふたりも一緒に掃除ができたらどんなに楽しいだろうかと思って、ふふふと笑った。ルチルは「もっときれいになった!」と喜ぶだろうか。ミチルは「やりがいがありますね!」と笑うだろうか。

 いつも一緒にいる人がいないのは心許ない気がする。でも、きっとまたの機会に実現できるだろう。
 もしかしたら、もっとたくさんの人とも一緒に楽しくお掃除ができるかもしれない。
 そんな未来を想像して、フルールはまた掃除道具を踊らせた。