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第6話 パレード見物

 人混みの中、ぶつからないように気を付けながらもフルールは早足で歩いていた。
 パレードはすでに始まっているが、フルールはまだパレードを見る場所を確保できないでいた。フルールがなんとなく想像していたよりもパレードはずっと盛況で、賢者の魔法使いたちを歓迎している人も多いようだ。
 しかし、通りすがりには無思慮な言葉たちも聞こえてくる。フルールはそれに心痛めながらも聞こえないふりをした。せっかくの晴れの日に騒ぎを起こしてしまうのは避けたいし、フルールひとりが今ここで言葉を交わしてどうにかなることではない。もっともっと時間をかけてお互いに心の余裕を持たないと、きっと縺れた糸をほぐすことはできない。

 しばらく街中を歩いたが、やはりパレードがよく見えそうな場所はすでに人で埋め尽くされている。もっと見えにくいような場所でないと難しいのかもしれないとも考え始めた時に、後ろからフルールのことを呼ぶ声がした。

「フルールさん! ああやっぱりフルールさんだ!」

 振り返ると、以前フルールに歌の依頼をしてきたレストランのオーナーが息を切らせて走ってきた。
「フルールさん、どうも! お久しぶりです!」
「ええ、お久しぶりです! 厄災での被害などはございませんでしたか……?」
「うちは幸いなことに店も家族も従業員も無事です。フルールさんは大丈夫でしたか?」
「ええ、こちらも」
「ああよかった! 今日は凱旋パレードを見にこちらへいらしたんですか?」
 そう言いながらオーナーはフルールの手元を見る。フルールは今日はかなり身軽な格好で、竪琴も出していない。普段中央の国に仕事で来る際には魔女であることを隠しているので、魔法で出し入れをして怪訝に思われないためにだいたい竪琴を手に持って街中を歩いている。そして、このオーナーにも魔女であることを明かしてはいない。だから竪琴を持っていない今は、仕事ではない用事で街を歩いているという簡単な推測がおそらくオーナーの頭の中にあるだろう。そして、南の国の住民がわざわざこの時期にやってくるとなったら、その目的はきっとパレードだ。
 それは確かにその通りなので、フルールはオーナーの推測通りに首肯した。
「はい! 賢者様と魔法使いたちのパレードを見にきました!」
「やっぱり! そうじゃないかと思ったんですよ! よかったらうちで見ていきませんか?」
「あら、いいんですか! もう人がいっぱいで、どこなら見えるかなと悩んでいて」
「ぜひぜひ! うちからならパレードが来る通りがよく見えますよ。辺りを見ていたら歩いてるフルールさんが見えて、もしパレードを見る場所に悩んでたらと思って出てきたんです。追いつけてよかった!」
「まあ嬉しい! じゃあ、お言葉に甘えますね!」

 一階は満員だからと案内されたバルコニーは、客も多くいたがそれでもゆったりと寛げるくらいの空間はあった。フルールがやってきたことを知った店員たちは他の客の気に障らない程度にそっと頭を下げたり、笑いかけたり、挨拶に来てくれたりした。

 フルールが注文をしたものをオーナー手ずから持ってきて、少し控えめに、それでも目に光を宿してしっかりと背筋を伸ばしてフルールに尋ねた。
「フルールさん、もしよろしければ、近いうちにまた歌をお願いしてもよろしいですか」
「ええ、もちろん。詳しいことは後ほどでもよろしいですか?」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」

 オーナーは柔らかく微笑んで続けた。祈るように手を組む。

「こういうことになってしまって、皆さん、表に出さずとも不安でいっぱいです。そういう時にうちでおいしいご飯を食べていただいて、その時に一緒にフルールさんの歌が聴ければ、きっといいと思うんです」

 そのオーナーの言葉に、フルールは胸があたたかくなった。歌は様々な顔を見せるが、辛い時に抱きしめてくれたりとか、悲しい時に涙を拭ってくれたりとか、そういうような一面がある。たびたび軽んじられるそれらを理解してくれるだけでも嬉しいのに、フルールの歌がきっといいだろうと、そう言ってくれる人がいる。それはとってもありがたくて、幸せなことだ。

「ええ、ええ。私も、皆さんに寄り添えるものを歌えたらと思います」

 オーナーはもう一度礼を言い、「もうすぐパレードの馬車が通りかかると思いますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」とテーブルを離れた。

 程なくしてパレードはフルールの視界に入ってきた。
 お揃いのローブと正装が太陽光を反射して輝いて見える。

 歓声に積極的に応えるシノを除き、東の魔法使いたちは気まずそうに視線をうろうろさせていて、その中でもことさら居心地が悪そうなのはファウストだった。人間に囲まれて凱旋のパレードを行うことが、どれだけ彼にとって不本意であるかはフルールには推し量れないが、それでもパレードに出てくれたことを嬉しく思う。
 ネロやヒースクリフは単純に人に囲まれることに慣れていなさそうな雰囲気だった。しかし、一人は諦めたように時折気怠げに手を上げていて、もう一人は恥ずかしそうに胸を張るシノの影に隠れており、その様子は全く異なっていた。

 賢者の晶はヒースクリフほどではないにしろ、どこか恥ずかしげに控えめな動きで手を振っていた。おそらく彼女も人前に出るようなことが今まであまりなかったのだろうが、それでも人々の期待を台無しにしないために応えていく懸命な姿はたいそう頼もしかった。

 一方、西の魔法使いたちはパレードの喧騒をとても面白がっているようだ。
 クロエは人々の喝采に頬を紅潮させて笑い、お洒落な服装を見かけるたびに「素敵だ!」とはしゃいでいる。
 ムルが呪文を唱えるたびに時折明るい昼間の空に星の光が飛び上がったり、虹が走ったりしていた。
 シャイロックは日差しの下でもなお発揮されるその艶やかさで衆目を集めていた。
 紳士的な物腰で、シャイロックとはまた違う視線を集めているラスティカは、ときどき顔を輝かせて鳥籠を構えようとしていた。そのたびにクロエは急いでそれを止める。困った顔をしながらも、クロエは目を細めていた。

 スノウとホワイトは北の魔法使いらしさの片鱗を見せることもなく、無邪気な子どもらしさをアピールしている。人間にとって見た目の年齢は、魔法使いが思っているよりも余程その印象を引きずる。子ども扱いされるのは最年長の彼らの楽しみなのかもしれないけれども、その子どもらしさのおかげで「健気にがんばる魔法使い」を印象付けることもできているようだ。

 中央の魔法使いのアーサーやカインはその立場もあるためか、堂々たる姿を見せていた。人々の声にもよく耳を傾けて笑顔で受け答えをしている。
 しかし、同じ中央のリケは気まずそうで、心細そうで、寂しそうだった。ミチルやルチルと話している時のリケはとても楽しそうだったのに、何かひどい言葉をかけられてしまったのかとフルールは心配になった。

 俯くリケに声をかけて、その背中をさすったのはミチルだ。フルールはほっと息を吐いた。ふたりは何かを話して、次第にリケの顔色も明るくなった。

 南の国のみんなは、その仲の良さをパレードでも漂わせながら和やかに楽しんでいる。たくさんの人に揉まれる経験のないルチルやミチルは「すごいすごい!」と喜んでいて、フィガロはそのふたりを見守りながらも「愛想」を振る舞いていた。
 そして、フィガロに倣うように浮かべられたレノックスの笑顔は、やっぱりいつもの方が素敵だった。

 フルールがパレードを眺めていると、ふとルチルがきょろきょろと辺りを見回して、それからフルールがいるバルコニーの方を見上げた。その新緑の瞳にフルールを映したその途端にルチルの笑顔はさらに華やいだ。ルチルは、ミチルの肩を叩いて何事か呟いてからフルールの方に向き直って大きく手を振った。ミチルもすぐにフルールを見つけて、顔を緩ませた。

 フルールはその様子を見て、中央の国の豪華なパレードに出ても、やっぱり二人はいつもと変わらないなと無意識に入っていた肩の力を抜いた。

 ルチルとミチルの様子を見てフルールがそこにいると気付いた晶と魔法使いたちは、次々とフルールに向かって手を振った。
 晶は気恥ずかしさが少し取れたのか、両手で手を振る。
 今まで積極的に手を振っていなかったヒースクリフやネロも、小さくフルールの方に手を振ってくれた。そのヒースクリフを見て、シノは満足そうに頷いた。
 民衆たちに贔屓とは言われない程度にさりげなく、フルールの方に向けてシャイロックはパイプの煙を輝かせ、そしてフィガロも花を降らせる。ファウストはそんなフィガロの様子を見て苦虫を噛み潰したような顔をしていた。カインはファウストの表情を見たためか、軽く笑って彼の背中を軽く叩いた。ファウストはさらに眉を顰めた。
 ラスティカは浮き足立って即興の歌を口ずさみ始める。スノウとホワイトはそれに合わせてゆらゆらと揺れた。クロエも楽しそうにリズムに乗って身体を動かした。
 戯けたムルはけらけらと笑いながら花火を打ち上げる。
 アーサーは嗜めることなく魔法使いたちを自由にさせて、しかし周囲に気を配りながら微笑み、堂々と胸を張っていた。
 そんな魔法使いたちのにぎやかな様子にレノックスがささやかながら柔らかい微笑みを浮かべる。辺りが沸き立った。
 ルチルはレノックスの笑顔を見て、「やっぱりかわいい!」と笑った。ミチルとリケはちょうどお喋りをしていたために見ていなかったらしく、レノックスの顔を見てふたりで首を傾げていた。

 フルールはみんなに向かって手を振り返しながら、ちょっと面白くなってきて笑いがこみ上げた。

 それぞれ個性的で、愉快で、とても素敵な人たちだ。まだまだ知らないことも多いけれども、そんな感じがする。

 だから、きっと大丈夫。

 たとえ懸念していたことが現実になったとしても、みんなで協力すれば乗り越えられる。そう信じないことには何も始められない。
 もしかしたら、そう思うのは南の住民特有の性情で、他の国の人々にとっては受け入れがたいことかもしれない。フルールは他の国のみんなに、南の魔法使いたちのようになってほしいなんてことは口が裂けても絶対に言うつもりはない。だって、フルールは彼らの多様さを愛している。フルールに譲れないものがあるように、彼らにも譲れないものがたくさんあるだろう。でも、自分たちも、彼らも、ようやく一歩を踏み出したばかりだ。だから、言葉を尽くして、そっと近寄ってみて、好きなものと嫌いなもの、大切にしたいもの、どこに足を踏み入れてはいけないのか、何を許せないのか、そういったことを知って、ちょっとだけでも歩み寄っていけたらと願ってやまない。
 時には言葉は無力なこともある。残念ながらそれは事実であると理解していた。しかし同時に、フルールは言葉の力を信じている。