フルールはみんなと一緒に街の修復を手伝って、真っ赤な夕焼けが大地を染める頃に魔法舎へと帰った。
自分の夕飯の準備をしているときに、ルチルから突然みんなで魔法舎に戻ることになったという知らせを受けた。頭の中に響くその声はちょっと浮かない感じで、なんだか寂しそうだった。
賢者の魔法使いを知らしめて労うパレードとパーティを開催して、歓迎をされるはずだった。新しく賢者の魔法使いになった者もいるから叙任式も行われる予定だと聞かされている。それが行われないうちに城から魔法舎に帰ってくることになった。
きっと何かがあったんだろうとフルールは何となく思った。
そして、それならば、自分の分だけでなくみんなの分の夕食も作ろうとも考えた。
しかし、南の国のみんなは好きなものが分かっているものの、他の国の人の好みはまだ分からない。それならば色んな料理を用意して、好きなものを選べるようにしようとフルールは考えた。
人数もたくさんいるから量も作らなければならない。いくら朝食を多めに作ってしまったからと言ってもこれだけにちょっと作り足したくらいでは全然足りないだろう。
しかも、中央の城から箒で戻ってくるならそこまで時間はかからないから、大急ぎで作らなければ間に合わない。
フルールは朝とは違って魔法舎に元々あった材料も取り出した。
魔法も使って下準備をしていく。
短時間で出来て美味しくて、それに量もできるもの。頭の中を色んなレシピが駆け巡る。各国でよく食べられる料理なんかも作ったら、ちょっとだけでも安心できるだろうか。フルールは仕事で行った場所のご当地料理を覚えてルチルとミチルによく振る舞っていた。お土産話と一緒に少しでも雰囲気が伝われば楽しくなるだろうと続けていたことだが、思わぬ場面で活躍しそうだ。
きっと疲れて帰ってくる人たちが、少しでも落ち着くことができればという思いを込めながらフルールは次々と夕飯を準備していった。

「あら、あら、あらあら」
玄関で帰ってきた人々を迎えたフルールは口元に両手を当てながら呟いた。
帰ってきたみんなはそれぞれ浮かない顔をしている。「皆様おかえりなさい」なんて声をかけても、帰ってくる声は疎らだ。そのくらいは予想通りであった。
でも、ミチルが思ったよりも沈んだ顔をしていた。口をへの字に曲げて、ぐっと拳を握って、視線が合わない。
みんな一緒に食堂でごはんを食べたら元気になるかしらなんて思いながら料理を用意していたけれども、それどころではないのかもしれなかった。
「ミチル、お部屋で夕飯を食べましょうか。ルチル、先に行っていてくれる? あとからお料理を持っていくから」
「うん、ありがとう。ほらミチル、行こう」
「はい……」
兄弟の後ろ姿を見守ってから、フルールは向き直って朗らかに笑った。
「皆様、食堂に夕食をご用意いたしましたので、よかったらお食べください。きっと状況が変わったのでしょうが、おなかいっぱい食べて、あたたかくして休んでから、色々なことを考えましょう。もちろんご自身でご用意されてもいいんですが……作りすぎてしまったので、ご協力いただけると嬉しいです」
「肉はあるか?」
「いくつかございますよ」
「よっしゃ」
そんな説明をしてから、フルールはまだ挨拶をしていない人のもとに向かった。
夜のような深い色の髪を持って、両の目が夕焼けのように静かに煌く人。遠い昔に、たぶん会ったことがある。
「オズ様ですよね。私はルチルの妻のフルールと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「……ああ」
オズはそう返しながらも顔をしかめた。フィガロが「オズ、彼女は吟遊詩人の魔法使い夫婦の子どもだよ」と付け加えると、また同じように「ああ」と返した。そしてちょっと考えてから言葉を続けた。
「お前の両親は、時々私の城に来ていた」
「まあ、やっぱり! ええっと、私が小さい時にお邪魔したこともございますよね?」
「そうだな」
「えっオズ、そんなことあったの?」
そう言って腕を組むフィガロに向かってオズはまた眉を顰めた。フィガロにだけ聞こえるくらいの小さな声を喉で鳴らした。
「子どもに危害を加えるな、と」
「ああ、なるほど」
魔法使いは音楽と歌が好きだ。オズもその例外ではなく、吟遊詩人の夫婦に時折その城の一部を明け渡していた。だから万が一のことを考えて、その縁を頼り、彼らはオズにフルールの顔を見せに行ったのだ。
「オズ様も、よろしければお料理を召し上がってくださいませ」
「ああ」
フルールは礼をすると早足で食堂へと向かった。
思っていたよりも食堂には人がいて、皆それぞれ好きなものを食べようと物色しているようだった。
皿やグラス、カトラリーももう少し用意しようかと思って辺りを見回すと、入り口のすぐそばにいたネロがフルールに食器が乗ったトレイを渡してきた。
「こっちは大丈夫だから、ミチルについててやんな」
そう告げる彼は、フルールの方を見ずに斜め下の何もないところを見ていた。他人と話すのが苦手だろうにミチルのことを気遣ってくれる彼の思いやりが嬉しくて、フルールは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ネロさん!」
ネロも満足そうに口の端を少しだけ上げた。

フルールはルチルとミチルが好きなものをたっぷりとよそってミチルの部屋に向かった。
「お待たせしました!」
明るく声をあげながら入っていったが、ミチルの顔はやっぱり晴れていなくて、ルチルも困ったように微笑んでいた。
やっぱり食堂ではなく部屋で夕飯を食べることを提案したのは間違いではなかったようだと考えながらフルールは穏やかにミチルに声をかけた。
「ミチル、ほら、あなたの好きなコーンスープも作ったの。食欲はある?」
ミチルは頷いて、フルールからコーンスープの器を受け取った。冷え切った指先に、そのあたたかさが少し移る。
一口飲んで、それからミチルは城やフルールのいないところで起きたことを話し出した。
途切れ途切れに押し出されるその声は震えていて、とても苦しそうで、フルールは相槌を打つことしかできなかった。見え隠れするミチルの鮮烈さや強さへのこだわりを嗜めるべきだったのかもしれないけれど、今はしたくはなかった。
「うん、うん。ミチル、がんばったね。教えてくれてありがとう。南の国とは違うことがいっぱいあるから、びっくりしたよね」
ミチルは俯いて、またスープを飲んだ。背中が揺れているのが見えて、フルールは手を添えた。ルチルもミチルの肩を抱いた。
「疲れてる時に色んなことを考えると考えすぎちゃうから、ごはんを食べ終わったら、お風呂に入って寝ちゃいましょう」
ミチルは「姉様、ありがとうございます」と鼻を鳴らして、スープを飲み干してから、お皿いっぱいに盛られたロリトデポロに手を伸ばした。
ルチルもフルールもほっと息を吐いた。
どうか、純粋で真っ直ぐな自分の家族に、優しい夜の帳が降りますようにと願った。
