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ルチルの誕生日2022 祝福の儀と天空の宴

 南の国のとても高い山──人間はもちろん、魔法使いですら容易には行くことができないような山頂に、晶と南の魔法使いたちは来ていた。ルチルの誕生日に『星影と言の葉と祝福の儀』を行うためだ。
 ルチルが幼い頃、寂しがりやの精霊たちは彼をこの山の森の中に連れ去り──そして追いかけてきたチレッタが、その精霊たちを見かねて毎年ここを訪れていた。精霊たちはチレッタのことをたいそう愛していた。そして、偶然が重なった結果ではあるが、彼女の子どもたちが精霊たちに心を砕き、この場所を訪れるようになったことを喜び歓迎してくれている。自然が豊かでルチルに縁があり、精霊たちの祝福も得られるであろう森は、儀式にぴったりの場所だった。

 晶とルチルが『星影と言の葉と祝福の儀』を行っている間、他の四人は離れた場所で精霊たちと交流を深めていた。
 大抵の場合ルチルとミチルとフルールの三人でここを訪れていたために精霊たちとは「なんとなく」の雰囲気を感じて対話をしていたが、今日はフィガロも一緒なので、ミチルとフルールは感覚を鋭くする魔法をかけてもらって精霊の言葉を聞くことができた。いつだって精霊たちは森を彩って歓迎してくれるのでとても楽しく過ごせるが、言葉を聞くことができると、もっと精霊たちとの距離が縮まったように感じて、特別にわくわくする。

 ミチルは精霊たちからチレッタの話を聞いて目を輝かせていて、レノックスは羊たちを自由にさせて穏やかに微笑んでいる。フィガロは寝転がりながらその羊たちのうちの一頭を撫でている。
 フルールはみんなの様子を見回して目を細めた。精霊たちが動かす蔓に袖を引かれたので、「いま準備しますね」と囁きながらゆったりと竪琴を構える。何回か弦を爪弾いて、音を合わせた。万が一にも晶とルチルの儀式の邪魔をしないように、小さな音でフルールは歌を紡いだ。伝え聞いたチレッタと精霊たちの賑やかで心踊る思い出と、この森の幻想的で美しい光景を元にしてフルールが作った歌だ。森と精霊たちが人々の心に煌めくように。自分たち以外にも勇敢で優しい誰かが、寂しがりやの友人たちに会いに来てくれる未来があるように。そういう願いを込めた歌は、この森の精霊たちに人気だ。

 しかし、今夜のリクエストはそれだけではないらしい。ルチルの誕生日ということで、彼が故郷のお祝いの歌を精霊たちが歌いたいから教えてほしいということだった。フルールはもちろん快諾し、そして逆に彼らの歌も知りたいと希望し、しばらくの間軽やかな音が静かに溶けていった。

 にわかにあたたかな風が吹いて、木々が騒いだ。森が煌めいて、フルールが先ほど精霊たちから教えてもらった彼らのお祝いの歌が響き渡る。

「終わったみたいだね」
 大きく伸びをして身体を起こし、フィガロがそう言った。レノックスは羊たちを集めて、宝石のように輝く森を眩しそうに見上げた。
「みんなルチルの成長を祝福してくれているな」
「大好きだって聞こえてきます!」
「私たちも嬉しくなっちゃうね、ミチル!」
「はい! いいなあ、ボクも、いつか精霊の皆さんに『大きくなったね』って言ってもらえるようになりたいです……」
 ミチルが両の指を手繰り寄せながら熱に浮かされたように呟いた。フルールはそんなミチルの肩にゆっくりと手を置いた。
「うん、そうだね、ミチル。貴方は精霊さんたちにこれからどんどん大きくなっていくところを見せられるんだよ。楽しみだね」
 精霊たちもその未来を期待して歓声をあげ、花を咲かせ、光る雨を降らせた。周りの変化に目を白黒させたミチルも、それが落ち着くと頬を紅潮させて笑みを浮かべた。
「はい! とっても、楽しみです!」

 儀式を行なっていた場所から晶とルチルがやって来ると、さらにその賑わいは大きくなった。風は走り出し、森は輝き、その枝葉を鳴らしている。しかしそれは決して激しいものではなく、どこか優しさを感じさせるものであった。

「お疲れ様、賢者様、ルチル。儀式は無事に終わったんだね」
「ええ! すっごく素敵な儀式でした! 儀式のおかげか、精霊の方々の声も聞こえるんですよ。今夜は朝まで宴を開いてくれるんですって!」
「あら、本当に? いいんですか、皆さん?」
 フルールがそう尋ねると、「もちろん!」と快諾する声が大合唱した。すぐに果物や飲み物があちらこちらから用意されてくる。
「すごい……! こんなに素晴らしいお祝いをありがとうございます!」
 満面の笑みを溢すルチルに、蔦もうねってそれに応えていた。
 そしてそのままフルールの腕をつついた。フルールは「今からご披露なさるのですね」と頷いて、竪琴を手にした。
「ルチル、皆さんからのお祝いはこれだけじゃないのよ」
 そして弦を鳴らして、先ほど教えたばかりの、馴染み親しんだお祝いの歌を精霊たちと一緒に響かせた。ミチルも、それにレノックスやフィガロも知っている歌だ。子どもでも歌えるような簡単な歌。だからこそ南の国の、少なくとも雲の街の周辺の住民たちはみんなが知っている歌だ。魔法使いも精霊も関係なく、ルチルの誕生日を祝うために声を合わせた。晶は全然知らない歌だったけれども、でも、自然とリズムに合わせて手拍子をした。

「まあ、まあ……! 素敵……! 本当にありがとうございます!」

 ルチルが大きな拍手をして何度もお礼を言うと、精霊たちもみんな喜び、森がさらに輝き、沸き立った。
「こんな夜は音楽がぴったりじゃないかな、レノ」
「確かにそうですね」
 そう言いながら自然な動作でレノックスは懐から角笛を取り出した。
「えっ、レノ、笛持ってきてたの?」
「……ご存知だったから言い出したのではなかったのですか?」
「久しぶりにレノのソロが聞きたいなあと思ったんだよ」
「ご冗談を」
「冗談なんかじゃないさ」
 肩を竦めて笑うフィガロを横目に、レノックスが角笛を大きく鳴らした。自然と視線がそちらに集まる。
「レノさんの角笛だ!」
「よく響く綺麗な音色!」
 フルールは浮かれた様子で《カルピムス・ディエム》と呪文を唱えた。途端に、フルールの周囲にたくさんの楽器が並べられる。うふふと笑って「せっかくの宴ですもの! お好きなものをお貸しします!」と大袈裟に両手を広げた。ミチルはちょっと悩んでハンドベルを手に取って、涼やかな音色を響かせた。ルチルは慣れた手つきで「今日は竪琴を使わせてもらおう!」とフルールのものより少し小型の竪琴を構えた。
「フィガロ先生と賢者様も、もしよろしければどうぞ!」
 そうフルールが明るく言うと、晶は「どうしようかな……」と口元に手をやった。フィガロは「宴の楽しみ方はそれだけじゃないさ」とその手を取って踊り出す。
 みんなその光景を見て音楽を奏で、歌いながら思い思いに身体を揺らした。
 かしこまった様式なんて何もないし、どこかバラバラのようで、しかし楽しさが伝染していく一体感がある。順番に手を取り合って踊り続け、いつしかそれすらごちゃまぜになってみんなで一緒に踊った。
 森は輝いて、眩しくきらめく。歌声と楽器の音色、それに笑い声が一帯に響いている。それらは全部、大切な人が成長してきたことを喜び、そしてこれからの幸せを願うための、あたたかなお祝いの証だった。