賢者と魔法使いたちはランズベルグの領主が用意してくれた館に一度荷物を置き、そこで今後の動き方について確認した。
ファウストが村人に話した通りに、浄化そのものは明朝に行う。その準備のため、日暮れまでの少しの間に周囲の状況を確認した後に対応の詳細を詰めることとなった。「ビアンカの呪い」について凡そのことは呪いの専門家であるファウストには見当がついているものの、万全の体勢で臨むためだ。
「東の魔法使いと南の魔法使いで別れて行動しよう」
ファウストが南の魔法使いの方を見つめて言葉を続けた。
「きみたちは人家付近と——住民たちが拒まないようだったら、彼らの様子も確認して、もし必要があるなら治療してほしい。未だほぼ実害が出ていないと言えども、敏感な者の心と身体には影響をきたしている可能性がある。そしてそれは更に呪いの力を後押しするからな」
口々に返事をする南の魔法使いを見守ってから、今度は東の魔法使いに向かって告げる。
「僕たちはこのひまわり畑がどこまで広がっているか、それと極端に呪いの強い場所が先程の場所以外にないかを確認する。これは呪いの強さや規模をある程度正確に把握するためだ」
それからファウストは口元に手を当てて一度目を伏せた。それから軽く首を振り、目蓋を開ける。若い魔法使いたちの顔をひとりひとり視線でゆっくりとなぞる。
「……念のために言っておくが、これは魔力の強さや経験によってではなく国ごとの魔法使いの特性を鑑みて分けている。僕たちはまだ、お互いに各々の能力を判断できるほどには共にいないからな」
彼らが頷いている姿を確認し、ファウストは今度は晶の方を振り返った。
「賢者はどちらと一緒に行ってもいいし、この家で休んでくれていてもいいよ。もしここにいるなら結界を張っておこう」
「それなら、東の皆さんと一緒に行ってもいいですか?」
「分かった。ネロ、なるべく賢者のそばにいてくれ」
「了解」
「よろしくお願いします」
単独行動はしないことや呪いに刺激を与えないこと、そして日暮れより前には必ず全員館に帰ることなどのいくつかの注意事項を改めて確認してから各国で分かれて出発した。
南の魔法使いたちは全員一緒にランズベルグ領内の土やひまわり以外の草花の状態、風の匂い、それに家屋に異常がないかなどを踏み込みすぎない範囲で確認していった。
住民たちは家に籠っているか、遠巻きに見ている人が殆どだったが、幾人かは協力的な者もいて話を聞かせてくれた。それを皮切りに、温和で愛想のいい南の魔法使いたちは、紙に垂れたインクが広がるようにじわじわと住民たちの話の輪を広げていった。やはり不安に思っている人々はたくさんいるものの、ひまわり畑以外の場所にはまだ異常はなく、大きく体調を崩した者もいないらしい。
フィガロを中心として全員で話を聞いていたら、後ろからミチルの服の裾が引かれた。ミチルが振り返ってその元を見てみると、小さな子どもがいた。
「ああ、だめだよ、家にいなさいって言ったじゃないか。すみません。こら、皆さん忙しいんだから」
父親らしき男が服を掴んでいる子どもの手を開こうとするが、なかなか離れそうにない。
「大丈夫ですよ。——どうしたの? ボクとお話しする?」
ミチルがしゃがんでそう聞いたら、子どもはじっとミチルの目を見つめた。
「なくなっちゃうの?」
よく見ると子どもの目は大きく開かれていて、今にもそこから滴がこぼれそうなくらい潤んでいる。眉が顰められていて、唇は小さく震えている。
「——え?」
異変に気がついた南の魔法使いたちもミチルと子どもの様子を見守る。
「ひまわり……やいちゃうって……」
子どもは俯いて小さく呟いた。
ミチルは一瞬息を詰めた。細くそれを吐き出してから頬を緩めた。子どもの背中をさすって顔を覗き込んだ。努めて柔らかい声を出すようにした。
「ひまわりがなくならないように今頑張ってるんだ。大丈夫だよ! ね、そうですよね、フィガロ先生!」
フィガロも穏やかに肯定する。
「そうだね、大丈夫さ。ひまわり畑を焼くなんてしない。またちゃんと咲くよ」
ルチルもミチルと同じようにしゃがんで子どもの手を両手で優しく包んだ。
「びっくりしちゃったね。ひまわりのお花が咲くのって、本当はもーっとあったかい時なんだ。今は間違えちゃったみたいで、寒い寒いって言ってるから、どうしたらいいのかなあって村の人たちもみんな頑張って色んなことを考えてたんだよ。私たちと一緒に来た人がとっても詳しいから、今度はお日様がいっぱいのあったかい時に出てきてくださいってお願いするんだ」
それからルチルは振り向いてフルールの方を見た。その視線に答えてフルールはシュガーをいくつか作る。子どもの父親に先に見せて「魔法使いのシュガーです。甘くて、体や心の回復を少し助けます。もしよろしければ差し上げたいのですが」と聞いた。許可を得ると父親にも少し渡してから、ルチルが子どもの手を優しくほどいたところにもシュガーを載せる。
ルチルが子どもに「甘くてほっとする味だよ。食べてみて」と微笑んだ。
フルールは見守っていた周りの住民たちにもシュガーについての説明をしながら年齢関係なく渡していった。レノックスもそれに倣った。住民たちに拒否されることなくシュガーは受け取られた。
シュガーを口にした子どもからは歓声があがった。やっと目を細めたその顔を見て、ミチルは大きく息を吐いた。
フルールの周りにはまた別の子どもたちがもっと欲しいと群がる。レノックスの周りには子どもはあまり集まらずに、興味を持った大人たちだけが恐る恐る自分も貰えるかと尋ねてきた。短い言葉でもレノックスは大らかに肯定する。
張り詰めていたような空気がシュガーの甘さに緩んだようだった。
フィガロはその様子を見守ってからまた別の人たちからも話を聞き始めた。見渡す顔には険の色はなく、浄化の妨げになりそうな人々の憂いの種は、ほんの少しだけでも小さくなっていっている様子だった。
