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第11話 賢者様とおしゃべり

 両手いっぱいに荷物を持ってフルールは魔法舎を歩いていた。
 きょろきょろと周りを見回しながらも、晶の部屋へと真っ直ぐに向かう。ドアを数えていき、目当ての場所を一度しっかりと見つめてからノックをする。すぐに中から返事があり、扉が開かれた。

「こんにちは、賢者様!」
「わあフルール! いっぱいの荷物ですね。持ちましょうか?」
「大丈夫です。でも、机をお借りしてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ!」

 フルールは晶が促す通りに部屋の中に入って荷物を置いた。少しだけ持ってきた荷を開けて晶に見せる。それらは全て中央の街で晶のために買ったものだった。

「賢者様、今ってお時間ございますか? 日用品とかお召し物とか、もしこの中に賢者様がお気に召すものがあったら使っていただきたいなって思って持ってきたんです」
「私の予定は特にありませんが、いいんですか?」
「ふふ、賢者様のために、賢者様のことを思いながら選んだんです。この状況でなかなか買い物にいけないと思うので、当面の間だけでもと思って」
「ありがとうございます! それなら喜んで見せてもらいますね」

 フルールは晶を椅子に座らせてから次々と荷物の中身を取り出した。わかりやすいように同じ用途のものは並べて置く。一度全部取り出してから晶の方へ顔を向けた。

「基本的な日用品の使い方はだいたい賢者様の住んでいらっしゃったところと似通っていますか?」
「はい、たぶんほとんど変わらないと思います」
「それなら良かったです!」

 「気になったものがあったら言ってくださいね」と先に述べてからフルールは順番にゆっくり説明をしていった。晶が興味を示したものがあったら更に言葉を足して、試せるようなものは封を開けて使い心地を確認してもらう。

「本当は、お買い物に行けたら良かったんですけど……。賢者様はお買い物ってご自身でされていましたか?」
「はい。一般市民だったので、自分で出かけて、自分で買いに行くのが当たり前でした。お金を払って、品物を買う。それはこちらの一般人の方々と同じ感覚だと思います」
「ふふ、良かった! 私とお揃いですね! もしよろしければ、落ち着いたら今度一緒にお買い物に行きませんか?」
「ぜひ行きたいです!」

 そのためにはまず、中央の城での騒動をどうにかしないことには始まらない。晶の頭にそのことがよぎって一瞬息が詰まる。所在なく視線を落とした。

「……あの、フルールは吟遊詩人で、世界中の出来事に詳しいと聞きました。その視点から見て、何か『トビカゲリ』について思うところはありますか?」

 砕けた魂の欠片のムルが、スノウやホワイトならよく知っているだろうと言っていた「トビカゲリ」。もちろん魔法舎のみんなにその情報は伝えていたし、スノウとホワイトにも既に尋ねてはいたが、結果は芳しくない。

「結論から申しますと、『トビカゲリ』そのものに該当しそうな伝承や歌は、残念ながら思いつきません」

 少し考え込んでからフルールは続けた。

「……一般論として、鳥は空を飛ぶために神出鬼没で、いつどこに現れるのか推測がつきにくいものです。そこから、吉兆または凶兆の前触れとされるものも多いです。その凶兆は、火災や疫病、戦争、人の死などが代表的でしょう。また、その鳥自身が毒を持っていたり、強い呪詛をもたらしたりするということもあります。あとは……個人的な見解ですが、人間が歌い伝えるものの中には、怪鳥と魔法使いを混同している言い伝えも多いでしょう。──魔法使いも、空を飛びますので」

 フルールは歌の一部をいくつか口ずさむ。その内容は過去に起こった出来事や、忠告といった意味合いのものが多い。そして、そういったものには大抵「恐ろしいがあったことを忘れないで」と、「そうならないように充分警戒せよ」という思いが込められている。文字を読めない人にも伝えることができて、印象深く心に刻むことができる。
 しかし、その特徴ゆえに問題点も存在する。

「単純に、該当のお話を私が知らないだけということも充分ありえますが、スノウ様やホワイト様の様子を見る限り、おそらくは本当に古いもので、後世まで歌い継がれずに失われてしまった存在なんだと思います。もしくは、人々が伝えることができないなんらかの状況があったという可能性もあるでしょう。歌はいつだって私たちの友人ですが、不幸や禍いや……死は、人から歌を奪います。あとは……伝えることで──歌い上げてしまうことで悪影響を与えてしまう恐れがあったということも考えられます」

 たくさんのことを想像して、晶は喉が張り付いてしまったかのように、声が出なかった。いつの間にか何かを避けるかのように背もたれに身体をぐっと押し付けて、身を引いている。魔法がない晶のいた世界でも、普段は自分が思い至れないようなたくさんの怖いものがあるのに、魔法があるこの世界では、更に予想の範疇を超える危険が存在する。

 フルールはスカートが床に広がるのも構わずに晶の足元に跪く。晶と目を合わせて、ゆっくりと話しかける。

「どうか怖がらないでください、賢者様。……いいえ、恐れることは必要かもしれません。『トビカゲリ』がそのようなものであるかの確証はございませんが、少なくとも惨憺たる儀式のもたらすものであることに変わりはございません。警戒をするに越したことはないでしょう」

 晶は小さく頷いた。月の館での恐ろしい光景は目の奥に焼け付いている。その悍ましさを忘れろと言われても、それは容易なことではない。

 フルールは目を細めた。祈るように両の手を組む。

「でも、あなたの周りには賢者の魔法使いたちがいます。私も知り合って間もない方ばかりですけれども、強い人もいて、賢い人も、人を思いやれる人もいる、とっても頼りになる人たちだということは分かります。あなたが知らないことでも知っているものがあります。あなたができないことだって引き受けることができます。あなたのことを守ることができます。……もしかしたら、それを嫌がる方もいるかもしれないので、一概には言えませんが。でも、あなたは一人じゃないと、それを忘れないでください」

 晶は少し身体の力を抜いた。恐ろしいものはやっぱり恐ろしいが、それでも、それに立ち向かうのが、一人ではなくて頼れる人がいるのは晶を勇気付けた。少し顔を緩めて、口角を上げる。

「フルールも?」

 そう聞かれたフルールは目をぱちくりとさせた。

「フルールも、一緒にいてくれますか?」

 その答えは晶には予想がついていた。こうして晶の部屋に色々なものを持ってきてくれて、そして寄り添って励ましてくれるような人が否と言うわけがない。
 それでも、言葉で紡ぎたかった。言葉で確認をしたかった。魔法使いも人間も、同じように言葉を持っているから。

 フルールは晶の期待通りに、満面の笑みをもってそれに答えた。

「はい、もちろん!」