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第4話 魔法舎への訪問

 フルールがルチルと一緒に魔法舎にやってきたら、そこにはそわそわと落ち着かない様子のミチルがフィガロとレノックスを伴って待っていた。その様子を見てフルールはたまらなくなって、ミチルに駆け寄って抱きしめた。ミチルは恥ずかしそうに眉を釣り上げながらも拒否することはなかった。そしてフルールはフィガロとレノックスに向き直って挨拶と礼を述べる。彼らもあたたかな微笑みを浮かべて魔法舎へとフルールをいざなった。
 ルチルはそんな光景を見て、満足げに目を細めた。

 南の魔法使いたちに先導されて魔法舎中を歩き、次々と紹介されて行ったフルールは、想像していたよりも歓待を受けて目を丸くした。中央の都に一足先に行ってしまっているアーサーにはまだ会えず、多少の距離をとる者もいたが、ルチルの言う通り、穏やかに迎え入れてくれた。それにはとても驚いたが、しかし同時に嬉しかった。
 ルチルはその様子を見て力強く頷いて、ミチルは大好きな家族を紹介できたことに胸を張った。

「そういえば、フルールのお部屋はどこがいいですか?」
 みんなが集まった場で晶がそう尋ねると、ルチルが代わりに答えた。
「ああ、フルールは私と同じ部屋で大丈夫ですよ。ね、フルール」
「ええ。それでお願いします」
「仲良しじゃ!」
「仲良しじゃな!」
 双子がきゃっきゃと笑い声をあげながらフルールとルチルの周りをくるくるとまわる。
 クロエや晶は感嘆したように「夫婦だ……」と呟いた。

 一方でカインは困惑した顔で腕を組んだ。
「いや、二人だとちょっと狭くないか……? 別に遠慮する必要はないんだぞ。空き部屋もあるし」
「お気遣いいただいてありがとうございます。でも遠慮というわけではないんです。先ほどお部屋も拝見しましたが、問題はないです。それに、私は仕事で各地を巡りながらこちらをお手伝いするつもりなので、日中はお部屋にはほとんどいないかもしれませんし」
 あと、と斜め上の方を一度見て、一呼吸置いてから茶目っ気たっぷりに付け足した。
「ルチルと喧嘩したら実家に帰っちゃいますので」
「もう! 私がここから南の国まで迎えに行くのは大変なんだからね!」
「大丈夫、分かってるよ」
 ルチルがフルールの手を握ってぶんぶんと振り回す。フルールは楽しげに笑った。そんな年若い夫婦の様子を周りはあたたかい視線で見守った。

 魔法舎での滞在のことや、今後の予定の話が終わると、シャイロックがフルールの元へと歩みを進めてきた。
「フルール、お久しぶりですね」
「お久しぶりです! シャイロックさんも賢者様の魔法使いだったんですね。まさかこちらでお会いできるとは思っていませんでした」
「ええ、私もです。南の国の吟遊詩人と聞いた時にもしかしてと思っていましたが、奇縁ですね」

 親しげなふたりの様子に、ルチルは目をぱちくりとさせた。
 確かにフルールは吟遊詩人として各地で仕事をしていて、交友関係も広い。しかし、仕事として関わっているからこそ、ぼんやりとした輪郭だけの概要や行った先々の美しい光景を話しても、その詳細な内容や依頼主などは明かさない。だから、シャイロックとフルールが面識があるとはルチルでさえ知らなかった。

「フルール、お知り合いだったの?」
「うん、シャイロックさんはお父様のお知り合いなの」
「はい。彼女のお父上は古くからの友人で、娘がもし吟遊詩人になったらよろしくとたくさん言われていたので、フルールが仕事を始めてからは度々歌をお願いしていたんです」
「まあ! お父様ったらそんなことを言っていたんですね、お恥ずかしい」
「ふふ、愛情深いお父様で素敵じゃありませんか」
 両手で頬を抑えるフルールを見てシャイロックは楽しげに笑った。

 ルチルもそれには同意だった。ルチルには、ほとんどフルールの両親の記憶はないけれども、それでも朧げに残る思い出の中の隣人たちはいつだって仲が良く、たった一人の子どものことを慈しんでいた。最期の贈り物としてかけていったという守護の魔法も、未だに強力に作用している。そして何よりもフルールが彼女の両親のことを語り継ぐ口調は大切な宝石をそっと見せびらかすような、そんな素敵なものが溢れている。フルールの両親たちの愛情はとても大きくて、今でも続いている。そういう確信が持てるのだ。

 シャイロックは続ける。
「でも、それだけではなく、もちろん私はあなたの歌に魅了されてお仕事をお願いしているので、これからもぜひよろしくお願いしますね」
「はい! ああでも、こちらでお過ごしになるならお店はしばらく閉店ですか……?」
「時折開けに行こうとは思いますが、そうですね」

 そう言いながらもシャイロックは片目を瞑ってとっておきの秘密を話すかのように人差し指を口元に立てた。

「でも、こちらの魔法舎にもバーがあるんですよ」
「あら、素敵!」
「なので、ぜひルチルとフルールで一緒にいらしてくださいね。寂しいことに、以前は一杯お誘いしても振られてしまいましたから」
「まあ、フルールどうして? お酒は嫌いではないでしょう?」
 知り合ってからそう経っていない間でも、シャイロックの誠実な姿勢は見て取れた。だからそうやって誘われるのならフルールがお酒が飲めるようになってからの話だろう。ルチルほどではないが、フルールも人並みにアルコールへの耐性はある。それに、フルールが仕事先の人であり父親の友人からの誘いを無下に断るような性格ではないことをルチルはよく知っていた。
 フルールが答えようとしたが、それを遮るようにシャイロックが素早く口を挟んだ。
「いじらしいことにも、お洒落なバーはお酒好きな旦那様と一緒に楽しみたいとのことでしたよ」
「──っもう、もう……シャイロックさん、そんなことをばらさないでください……」
「申し訳ありません。あなたたちがどういう反応をするのかが、つい気になってしまって」
 シャイロックは全く申し訳ないと思っていなさそうな声色でそう言った。
 ルチルは声をあげて笑った。シャイロックのことだって知らされていなかったのだ。他の国の素敵なバーでお酒を飲んだところで、黙っていればルチルには分からなかっただろうに、そんなところでもルチルのことを想ってくれるのは、なるほど、確かにいじらしい。

 ルチルはフルールを自分の方に向かせて両肩に腕を乗せて小さな頭を見下ろした。フルールは手で顔をパタパタと扇ぎながら顔を伏せる。
「違うの、本当はすぐにルチルを誘ってお邪魔しようと思ってたけど、ルチルのお仕事もあるし、夜にミチルをひとりにするのもいやだし、どうしたらいいかをちゃんと考えてからじゃないと言い出せないなって」
「ふふ、ありがとう、フルール」
 ルチルはフルールをぎゅっと抱きしめてから体を離し、今度は彼女の腕に自分の腕を絡めてシャイロックの方に向き直った。
「シャイロックさん、今度ぜひお邪魔させてもらいますね」
「ええ、とっておきのお酒を用意してお待ちしておりますよ」
 まだ顔が熱いままのフルールは、それでもシャイロックの方をきちんと見て「よろしくお願いします、楽しみです」と目尻を下げた。

 シャイロックはとても満足そうに笑った。