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第12話 心の安寧

 以前ブラッドリーに宣言した通り、フルールは賢者の魔法使いたちのためによく働いた。魔法舎での雑事はもちろん、実質的に賢者の魔法使いたちは謹慎の状態であったので、中央の街の様子を窺いに行くのはフルールが請け負っていた。

 街の様子は大きな変化なく、しかしどことなく陰鬱さが漂っていた。日に日にそれは広まっていって、空気の重さがのしかかる。
 人々もそれをそこはかとなく感じ取り、そしてそれは魔法使いが原因だろうと囁きあっていた。
 徒らにそれを否定してまわっても逆効果であると理解しているフルールは、人々の心が少しでも安らぐように吟遊詩人として歌をうたい、それと共にこっそりとあちらこちらに浄化と守護のおまじないをかけた。些細なもので、いざという時にはほとんど効果がないかもしれないけれども、少しでも何かの役に立てばいいと思った。

 一通り街を見回ってから、賢者の魔法使いたちから頼まれていた買い物を始めた。おつかいの内容は雑貨や本がほしいとか、あれが食べたいとか、人それぞれ様々なお願い事があった。

 いくつかの店をまわって、はちきれそうなくらいに大きくなった鞄を持って街を出ようとしたら、同じように外に向かう人影を見かけた。背の高い男性と、それに寄り添う女性の二人組だ。その片方には見覚えがあったので近寄って近寄って声をかけてみた。

「こんにちは。クックロビンさんでしたよね」
 クックロビンは一瞬固まって目をうろうろさせてから手をポンと叩いた。
「……あっ! えっと、えー、南の……」
「ルチルの妻のフルールです。バタバタしていて自己紹介も満足にできていなくてすみません」
「いいえ! こちらこそすみません。アーサー殿下から伺ってはいたんですけど」
「お気になさらず。お城の状況はいかがですか」
「その、残念ながら賢者様たちに報告できそうなものはなく……」
 そうクックロビンは俯きかけたが、隣にいる女性が背をたたいてそれを諫めた。
「それも含めて今日お話しに行くんでしょ!」
「そうだけどさ……」
 女性は腰に手をやって胸を張り、フルールの方に向き直った。その勢いに思わずフルールの背筋も伸びた。
「私はクックロビンの妻のカナリアです。フルールさんも魔法使いの方ですよね?」
「そうです。とはいっても、私は賢者様の魔法使いでなくて、ただの魔女です。夫と彼の弟が賢者様の魔法使いなので協力させてもらっています」
「そうなんですね! これから魔法舎にお帰りですか?」
「はい。おふたりは魔法舎にご用事ですか? もしよろしければご一緒しましょう。私しかいないので箒でお送りすることができなくて恐縮ですが……」
「あら、ぜひ一緒に行きましょう!」

 道中に聞いたところによると、彼らは各々の出来る範囲で賢者と賢者の魔法使いの役に立ちたいということを提案しに行くのだと言う。
 中央の人間にもそうやって魔法使いを受け入れてくれる人がいる。ここ数日、魔法使いへの悪感情ばかりを耳にしてきたフルールにとってはほっとして、心あたたまる話だった。

「きっと、賢者様も皆様もお喜びになると思いますよ」
「本当ですか! それなら嬉しいです!」

 にこりと微笑んでから、ちょっと考えてフルールはクックロビンの方を向いた。

「お城にお勤めの書記官の方に言うのも変なことかもしれませんが、少しお話しさせてもらってもいいですか?」
「ええっ、そんなふうに遠慮しないで言ってください!」
 慌てて身体の前で両手を振るクックロビンに笑いをこぼし、その後に表情を引き締めてフルールは言葉を紡いだ。
「書記官の方──でなくとも、そういったものは事実を書くと思うのですが、どうか、書くものと書かないものと、それを見極めていただきたいのです」
 それはもしかしたらとっくに理解していることかもしれない。中央の国中枢で働く者であれば常識のうちで、何を言っているんだと笑われるかもしれない。でも、フルールは言わずにはいられなかった。
「魔法使いは自身の誇りを大切にします。人間の方々もそうだとは思いますが、魔法使いは顕著なんだと思います。だからこそ、それを穢すもの──たとえば失敗とか、弱みとか、下手したら好きなものを暴かれることだってそうかもしれないです。そういったものを記録してしまうのは、お互いにとってよくないことだと思います。なので、どうか、お願いいたします。……私たちと、あなたたちの安全と、誇りのために」
 クックロビンはゆっくりと頷き、そして恭しく礼をした。
「ええ、ええ、もちろんです。それは生きるもの全てにおいて、当たり前に守られるべきものです。守らなくてはならないものです。でも、当たり前だからこそ、十分に配慮していきます。そう約束します。俺の……俺たちの矜恃にかけて。そしてお互いの安全と、誇りのために」
 フルールはほっと息を吐いて朗らかに笑った。
「私も、書として残るものではないですが、彼らの活躍を歌い継いでいきたいと思っています。心を動かし、希望の種を蒔けるようなものを。だから、一緒にがんばっていきましょう」
 クックロビンも顔を緩めた。カナリアも目を細めてふたりを見守っていた。
「ええ、がんばりましょう!」

 魔法舎に戻ったフルールは晶を呼びに行き、その後には魔法使いたちに頼まれていたものを順に渡して行った。
 全員に渡し終えて鞄がかなり軽くなってから、最後に食堂を覗いた。
 そこには「トビカゲリ」の記憶を掘り起こしているスノウとホワイト、それを見守っている者、それに色々な書物を読んでいる人とかぐったりと座りこんでいる姿とかもあった。

 ぐるりと食堂を見回して、フルールは明るい声を出した。

「皆様、よかったら休憩にしませんか? 街で評判の美味しいお菓子を買ってきたんです」

 その言葉に真っ先に目を輝かせたのはスノウとホワイトだった。
「菓子!」
「菓子じゃと!」
「ちょうど甘いものが食べたかったんじゃ!」
「いい子じゃのうフルールは」
「ほれ、我らが撫でてやろう」

 双子はフルールを取り囲んできゃっきゃとはしゃいだ。一緒にはしゃぎながらもフルールはお菓子を取り出し、お茶を用意しながらテーブルをセッティングしていく。

 その様子を見てクロエはちょっと戸惑った声を出した。
「ええ、こんな時にいいのかな……」
 シャイロックは優雅に頬杖をつく。
「こんな時だから大切なんですよ」
「んん、そっかあ……」
「そう。私たちは魔法使いですから、焦燥や憂慮は力を濁らせます。常に芯を持ちながら、心に余裕を持っていなくてはいけませんよ、クロエ」
 シャイロックは、フルールが彼らの傍に置いておいたマカロンをひとつ摘んでクロエの口元に押し付けて微笑んだ。クロエは目を丸くしながらマカロンを頬張って「わあ! とっても美味しい!」と歓声をあげた。