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第14話 「守る」こと

 遠くにルチルの姿を認めて、フルールは一度停止した。

 ルチルが本気でスピードを出す時、絶対にフルールは追いつくことはできない。幼い頃から追いかけっこをして遊んでいても、ルチルが手加減をしないとフルールは勝てなかった。
 攻撃を受けながらでもそのスピードは落ちていないようだ。

 それに追いつくためには、フルールがそのまま箒で飛んでいくのは遅すぎる。

 フルールは移動魔法が使える。それは難しい魔術のため、使えるとは言えどもフルールは一度行ったことがある所にしか行くことができない。
 だから、ルチルのもとに直接行けるかどうかは不安が残るところである。

 でも、行けると思った。
 確証はない。でも、そう心を奮い立たせた。

 ルチルの姿は、小さくとも肉眼で見える。
 フルールは数日間よく街中を歩き回っていた。
 それならもう、フルールが移動できる範囲のうちだ。
 そうやって強く思い込んだ。

 「《カルピムス・ディエム》」

 呪文を唱えると、次の瞬間には願っていた通りにルチルの目の前に飛び出ることができた。
 移動してくる前は分からなかったが、近くで見た大切な人の姿はボロボロで、フルールは息を飲んだ。

「フルール!?」

 目を見開いているルチルにフルールは笑いかけて、恋を囁くようにもう一度呪文を唱えた。先ほど切れてしまったフルールの髪の毛を繋ぎ合わせて、ルチルの手首にかける。
 両親の守護の魔法がカバーし切れなくてちぎれてしまった髪の毛だけれども、確かにそれはフルールの一部だ。フルールから離れたばかりのものだ。
 だから、その髪の毛もフルールだと、そういう方向に意識を広げ、流れを作り、不思議の力を働かせる。

 魔法は心で使うものだ。

 どうかフルールを守ってと、たくさんの祈りと願いをこめた。

 お父様。お母様。

 ──どうか、どうか、ルチルを守って。

 口を開きかけたルチルの言葉も聞かないうちに、フルールは身を反転させて沈みかけた太陽のような赤い髪の持ち主に対峙した。
「わざわざ死にに来るんだな」
「あら、生きるために来たんですよ」
 フルールでは絶対に敵わない相手だ。それでも、ルチルをひとりにするよりはよっぽどいい。フルールが増えただけで何かが変わるわけではない。でも、何もできないで後悔したくはない。ルチルのあたたかい手をもう握れないことになったら、フルールはきっと生きていけない。

 だから、これは生きるための足掻きだ。

 雷や炎がフルールの周りを踊る。ビリビリとした刺激や熱が肌を撫でるが、フルールに傷をつけるまでには至らなかった。
「鬱陶しいな……」
 美しい弧を描く真っ赤な眉が顰められても、フルールは背筋をぴんと伸ばしていた。しかし、フルールは攻撃魔法が得意でないから、この場をどうにかするための決定的な一手までは出すことはできない。うまく他の賢者の魔法使いと合流できたら打開策も生まれてきそうだが、街の混乱具合からいって難しいかもしれない。

 ルチルがミスラへの気持ちを語りかけても尚も彼は攻撃を止めず、話を聞こうとすらしない。フルールがなんとかルチルに当たらないように防いでいるが、その勢いは増すばかりだ。
 ルチルとミチルとフルールのことも、チレッタのことも、何もかも知らない顔をしている。

 鼻の奥がツンとした。
 約束ってそんなものなのだろうか。
 大切な思い出を、気持ちを、心をなかったものとして、捨て去ってしまうなんて。

 ルチルは特にミスラとの約束を心の支えにしていたから、悔しさと悲しさを隠そうともせずに次々と言葉を放り投げていく。
「もう、ミスラさんのクソ馬鹿!」
 そうルチルが顔を歪めた瞬間に、「覚えていますよ」と静かに言いながらミスラがもうひとり現れ、そのまま呪文を唱えた。
 空が真っ赤に光って、その眩しさに目を一瞬閉じると、攻撃をしてきていた男の姿はどこかに消えていた。しかし、同時にその威力によって街も破壊され、その惨状にルチルとフルールは唖然とした。

 それを意にも介さずにミスラはふたりの方に近付いて、当たり前のようにルチルたちみんなを守るためにどこかに封印するのだと言った。
 チレッタとの約束が目障りだとでも言わんかの態度に、ルチルは目を釣り上げ、優しい手つきで抱いていた少年をフルールに渡した後に拳を振りかぶってミスラを殴りつけた。
「ルチル!」
 フルールが悲鳴のような声を上げてミスラとの間に入ろうと腕を伸ばしたが、逆にルチルがその腕を握ってフルールを抱え込む。
 フルールはルチルの体が震えていることに気が付いた。努めて呼吸を穏やかにしようとしているようだ。だから、何かがあっても対処できるように警戒は続けつつもルチルのさせたいように身を任せることにした。身動ぎをして、少年が苦しくないように位置を調整する。

 幸いにもミスラは報復をするでもなくルチルが絞り出す言葉を聞いている。「約束なんか」なんて言ったって、それに縛られるのが魔法使いという生き物だ。それはどんなに力の強い魔法使いでも同じだ。

 子どもの時に見たのと同じような表情を浮かべてチレッタのことを話し始めるミスラに、ようやくフルールは肩の力を抜いた。自分たちがチレッタと約束をした「守る対象」という理由も大いにあるだろうが、伝えようと尽力した言葉はきっと無駄にはならないだろう。

「ルチル」

 目の前の胸元を軽く叩くと、ルチルはフルールの顔を覗き込んで腕を緩めた。体の震えはもう止まったようだった。